カーネーションが喚起する、ロックの幸福な記憶 「こういう時代だからこそ、歴史にこだわりたい」

カーネーションが提示する“ロックの幸福な記憶”

 カーネーションの4年ぶりの新作『Multimodal Sentiment』が、本当に素晴らしい。直枝政広の別ユニットでの活動や大森靖子のプロデュース/楽曲提供などを挟み、じっくり熟成された全12曲には、あちこちに古今のロック名曲の断片が散りばめられ、さながら、聴く者にロックの幸福な記憶を喚起するような、そんな楽しさと切なさ、懐かしさと新鮮さを湧き上がらせてくれる。朗々としたポップなメロディと緻密な演奏は、さすがに結成30年を迎えるベテランだが、手垢にまみれたルーティンにはまったく聞こえないのはさすがである。ゲストも多彩だが、とりわけ大森靖子とのデュエット曲「無修正ロマンティック」の続編は聞き物だ。(小野島大)

「一個一個(の課題に)決着をつけていく時なのかなって」(直枝政広)

ーー約4年ぶりの新作です。カーネーションのオリジナル・アルバムとしてはもっとも長いブランクを置いてのリリースとなりました。

直枝政広(以下、直枝):でもなんか、すごく忙しかったんですよ(笑)。いろんなことをやってて。Soggy Cheeriosというユニットを鈴木惣一朗君とやって、この4年間でアルバム2枚出しちゃったんですね。個人的には大森靖子さんの制作に入ったりもして、ドタバタしてて。それでカーネーションの新作にどういうタイミングで入っていけばいいのか、自分でもよくわからなくなっちゃったんです。ただライブはずっと続けてたし、トリビュート(カーネーションのトリビュート・アルバム『なんできみはぼくよりぼくのことくわしいの?』2013年)とか30周年盤(『Early Years Box』2013年)とか、(過去を)振り返る機会が多くて。

ーー振り返りものではなく、カーネーションとして新しいものをやろうというモードに、なかなかなれなかった?

直枝:そうですね……ちょうどスポッと(モチベーションが)見えなくなった時期という気がします。前作の『SWEET ROMANCE』がわりとどっしりした……沈んだ、というよりは深い、闇みたいなものを抱えた作品だったので、振り絞って作ったようなところがあったんですね。そのヘヴィな体験の反動は多少あった気がします。いつも全て出し切って、ギリギリのところで作ってるので。

ーーでも大森靖子さん始め、ほかの人への楽曲提供は普通に出来ていたわけですよね。

直枝:リリースの状況も関係してるんです。僕たちと組んで一緒にやってくれるようなレーベルがあるかどうか。それが決まらないと前にも進めないし、慎重にもなる。30周年という重さもあるし(笑)。なんかやんなきゃいけないっていうプレッシャーもあった。結局『アダムスキー』(2015年12月発売の7インチ限定シングル)を出すまでけっこう空いちゃったよね。

大田譲(以下、大田):そうだね。

直枝:一個一個(の課題に)決着をつけていく時なのかなって。前に行きたいよねって気持ちはいつもあったんです。ただいつもギリギリでやってたので、個人的には疲れてましたね。いろんなことが重なって精神的に重くて。どこをきっかけに次に向かえばいいのかずっと迷ってて。なのでこの1年半ぐらいかな、カーネーションの新しい曲に向き合うようになったのは。それからはライブで新曲をなるべく見せていこう、という気持ちになっていったんですけど。

ーーじゃあそれからはわりと順調に。

直枝:いやあ、それも一個一個時間がかかって。そんな順調ではなかったです。

ーーもともと多作なほうなんですか。

直枝:いやあどうだろ……どうなの?

大田:けっこう多作な方だと思いますよ(笑)。

ーー多作な方なのにその時期はなかなか作れなかった。

直枝:作れなかったですねえ。

ーー振り返ることが多かったというお話ですが、そこで何か気づいたことはありましたか。

直枝:僕個人としては、「歌う筋肉」は出来てきたなと思って。ライブとかやるたびに、昔の曲でも何の気負いもなく歌えるというのが、やっとわかってきてたんです。

ーーそれまで歌うことはどうだったんですか。

直枝:もうずっと、きつかったですね。

ーー30年間ずっと?

直枝:体調を整えるのが大変で。クスリとかしょっちゅうやってて……悪い方のクスリじゃないですよ(笑)。喉のクスリ。それがわりと年取ってきて楽になってきた。野球でいう無理のないフォームがやっと定まってきた。

ーー肩に負担がかからず威力のあるボールを投げられるような(笑)。

直枝:そうそう。それはライブを通じて体得してきた。バンドをやっていると、いろんな悩むことは一杯あるんです。ツアーどうしようとか、動員がどうとか。でも結局プレイにはブレがなく来れたなとは感じてました。

ーー歌えるようになってきた、ライブも充実してできている。その勢いでアルバムを……とはなかなかならなかった。

直枝:なんかねえ(笑)。アウトプットの連続で休みがなかったのもあるし。ただそこで曲の作り方を変えてみて、得たものは大きかったですね。

ーーどう変えたんですか。

直枝:歌詞ですね。詞先に変えてみたんです。Soggy Cheeriosでは完全に詞先でやろうと話してやったんですけど、カーネーションも同じように詞先で作り上げていったら、わりとすんなりできました。歌詞は面白いですね。

ーーあ、そうですか。最近になって?

直枝:そう。今のこの歳で何を歌うのか、僕らなりのスタイルがようやく見えてきた。若い人たちにわかるようにそこまで降りていって作るとか、そんな気持ちはまるでないんですけど。今この年齢でロック・バンドをやってて、歌ってイヤじゃないな、と思えるようになった。

ーーそれが見えてきた時に、今回のアルバムの形が見えてきた。

直枝:そうですね。絞り出すように作った「アダムスキー」っていう、チープ・トリックとかザ・フーとかXTCとか、いろんなロックの体験が詰まってる曲があるんですけど、それがひとつのきっかけで。その次に出した「メテオ定食」って曲があるんですけど。これがもうとてつもない、当時の僕の気分そのままの歌なんです。やる気がないというか力が出ないというか、何をやってるんだろう、という歌。

ーー「ねむい」とか「やる気がない」とか「かったるい」とか。そんなことを歌ってますね。

直枝:そうそう(笑)。つまり「調子が出ない」ってことを歌にすればいいんじゃないかと思って、わりと開き直って作ったんですよ。

ーーあるアーティストが言ってましたよ。歌うことがないなら、歌うことがないってことを歌えばいいんだって、禅問答みたいなことを。

直枝:そうなんですよ(笑)。みんなに聴かせると「何言ってんだ」みたいに言われるんだけど、僕としては手応えがあって。みんなもやっていくうちに馴染んできて。いい感じになってきたかなと思います。

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