坂本真綾が20周年記念盤で見せた音楽的充実 土佐有明が歌声の求心力を紐解く

 ともあれ、作家陣にせよプレイヤー陣にせよ、今、日本でこれだけの才能を束ねられるのは坂本真綾ぐらいしかいないのではないだろうか。しかも驚くべきは、これだけ多方面から多様な人材を集めておきながら、散漫な印象を与えないこと。バラエティ豊かな曲が揃っているのに、不思議と統一感があり、一定のトーンが保たれているのだ。それはやはり、坂本の透明で楚々とした歌声が中心にあるからだろう。そう、坂本の声はとにかく美麗にして魅惑的で、本作も彼女の声に惹かれた人たちが一堂に会したアルバム、と考えると納得が行く。ちなみに坂本、声優としては『ヱヴァンゲリオン新劇場版』の眼鏡キャラ、真希波・マリ・イラストリアスの声を担当している、と言うと通りがいいだろうか。他にも、洋画や海外ドラマでナタリー・ポートマンやスカーレット・ヨハンソンの吹き替えをしたり、プラネタリウムのナレーションを担当するなど、その声の良さを活かした仕事も数多い。ラジオから彼女の声が聞こえてくるとほっとする、というリスナーは筆者だけではないだろう。

 また、坂本は作詞家としても稀有な才能の持ち主だ。放っておくと暗い曲を書いてしまう、と話していた彼女だが、歌詞もネガティヴを一旦経た上でのポジティヴィティが光っており、無責任にきれいごとを言わないところが好感が持てる。例えば、本作収録の「レプリカ」には、<人類の欠点は見えもしないくせに愛とか絆とか信じられること>というラインがあるが、こういう、達観したような視点が彼女の歌詞の特徴だ。安易な文脈で“愛”や“絆”といった言葉を乱用したりしないのである。

 元々人前に出るのが苦手で、この20年何度も音楽をやめようと思ったことがあるという坂本。だが、ここ数年は誰と組んでも自分が歌えば自分の歌になる、という自信を得たそうだ。それは先述した唯一無二の声の力に自覚的になった、ということでもあるだろう。どんな作家の曲も歌いこなせて、作詞家としても確固たる個性を持ち、曲が書けて、その声で多くの作家やリスナーを魅了する存在。こう書くと大げさに響くかもしれないが、実際それくらい今の坂本真綾は向かうところ敵なしなのである。

■土佐有明
ライター。『ミュージック・マガジン』、『レコード・コレクターズ』、『CDジャーナル』、『テレビブロス』、『東京新聞』、『CINRA.NET』、『MARQUEE』、『ラティーナ』などに、音楽評、演劇評、書評を執筆中。大森靖子が好き。ツイッターアカウントは@ariaketosa

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