石井恵梨子が「音楽界のコトバ」を考察  第8回:BUCK-TICK

BUCK-TICKの歌詞はなぜ古びない? 様式美をすり抜ける「ふざけ」感覚を分析

 「音の感触だけじゃなく、コマーシャル・ミュージックに対するカウンターっていうか。商業に対して、こちらは工業だと先に言ってしまう。それで思い切りノイズを鳴らすとか、そんなふざけた感覚があるのかなと思う」

 昨年末、インダストリアル、というテーマで今井寿に話を聞いたときに出てきた発言である。確かに、インダストリアルの始まりには商業主義へのアンチテーゼというニュアンスが強くあった。音楽のみならず、社会や政治に対する批判としてのノイズ。普通なら話はここからシリアスな方向に進むのだが、それを今井は「ふざけた感覚」と捉えている。あぁ、これがBUCK-TICKの根幹なのかと膝を打ちたい気分だった。

 デカダン、ゴシック、退廃的……。BUCK-TICKにまつわるイメージは、ざっくりと言えばこのあたりだろうか。いくつになっても見目麗しい櫻井敦司のルックス、血のようなワインや真紅の薔薇がよく似合うビジュアル、現実を憂い白昼夢に踊るような歌詞世界は、いまや誰にも冒せないブランドとして確立されている。それを支持するファンの熱狂も含めれば、単に堅牢な世界というよりは、難攻不落の城といったほうがいいくらいだ。

 そこに少しでも近づこうと切磋琢磨する後続はV系に多いが、日本ガラパゴス音楽の典型ともいえる彼らの様式美と、洋楽をルーツに持ち最新のテクノロジーをどんどん取り込んで進化するB-Tのサウンドには、絶対的な溝が感じられる。さらには歌詞。極端にエログロだったり、やたら悲劇的かつ耽美的に彩られたコトバは、V系というジャンルの中での鉄板になっているわけだが、B-Tはそういう「縛り」から離れて真っ先に「ふざけ」てみせる。様式美ありきのV系フォロワーにはできない技だろう。

〈アイワナビーアナーキー 駄々っ子 Jonny FUCKIN’ COOL〉

 最新作『或いはアナーキー』は、今井によるこんな歌詞から幕を開ける。ナルシシズムも耽美もクソもない、「ふざけ」の極みのようなコトバである。それを櫻井はノリノリで歌う。ノリノリ、という言葉はイメージにそぐわないかもしれないが、率先して楽しみながらピエロを演じきっているのは誰の耳にも伝わるだろう。彼らの言うアナーキーはピストルズやパンクのそれではない。なんの政治色も帯びない、あえてポリシーを掲げないデラシネ体質。そういうセンスを抜きにして、BUCK-TICKはここまで続かなかったのではないか。

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