ふくりゅうの『小室哲哉とテクノロジーの30年間 - I am a Digitalian』レポート
小室哲哉のDigitalian論 ーーデジタル時代の新型フェス『THE BIG PARADE』で聞けた本音とは?
そもそも1990年に、まだ一般的でなかったハードディスク・レコーディングが可能な機材、シンクラヴィアを積極的に使用し、CDの音質を超える100kHzサンプリングでマスターを作っていたTM NETWORK。100kHzでの精密な録音は、生音よりもリアルに聴こえたそうだ。しかし、収録するCDメディア容量の限界の都合上44.1kHzまでに品質を落したことを小室はあえて“劣化”と表現したことで、常に時代に先んじて新しい試みにチャレンジしているTMらしさをアピールすることになった。その後、プロツールスの普及など、ハードディスク・レコーディングの普及によって、音の波形が一般的にも可視化される時代を迎える。それを小室は「音楽の全体像をヴィジュアルで俯瞰出来るようになった」と表現したのだ。
なお、小室“常に早すぎ”伝説を裏付ける逸話として、1990年当時、ユニット名であるTM NETWORKからTMNへのリニューアルを、CI(コーポレート・アイデンティティ)として位置づけ、アルバム作品『RHYTHM RED』におけるコンセプトとなるキーワードを「終末への逃走」、「ピュア・デカダンス」、「シークレット・リズム」と3つ掲げ、記者会見で発表し注目を集めるなど、よりマーケティングを意識したプロジェクト・スタイルをとったことが興味深い。
しかし、雑誌『月刊カドカワ(1991年10月号)』での小室の発言では「アルバムの音を作ってから、リニューアルという言葉を思いついて、使うようになった」と語られていた。1988年末にリリースされ、累計100万枚を突破した大ヒットアルバム『CAROL』後、制約を外し自由に楽曲制作を試みた結果、あまりにTMのイメージとは遠いロック色が強くなったことから、思い切って違うバンド名にしようと思いついたのが実情なようだ。そんなタイミングで、とあるイラストレーターによるシンプルな“TMNのロゴ”と出会ったことで、1990年にリニューアル構想が結実したという。 作品に対して小室曰く「後先を考えずに思った通りに作った」という、あくまで音が先行していたという点がミュージシャンらしい発想だ。そこに、コンセプチュアルなイメージを後付けとしてブランディングする、小室の発想力に脱帽だ。そもそも日本で“リニューアル”という言葉を広めたのはTMN、という事実に驚かされる。