TM NETWORK、筋肉少女帯、POLYSICS……ロック界におけるキーボーディストの系譜を辿る
ロックバンドにおいてのキーボーディストは他プレイヤー以上に、器材/機材の発展とともにその役割が変化してきたと言える。特にシンセサイザーの登場におけるサウンドの多様化は目まぐるしいものがあり、日本においてYMOの登場はポップス、ロック界にも大きく影響を与えた。
ひとくちにキーボーディストといっても、プレイヤーであると同時に、コンピューターミュージックが主流となる昨今においては、トラックメーカー、プログラミングやマニピュレーターとしての役割を担うことも多い。そうした広義に渡るキーボード、鍵盤楽器がもたらした影響を日本の音楽シーンとともに見て行きたい。
キーボードとシンセサイザーの違い
パート・クレジットを“Keyboards”と、“Synthesizer”で使い分けるプレイヤーも多くいる。混同している人も多いと思うので簡単に説明しておく。シンセサイザーとは波形や周波数を変調して自由に音を作ることの出来る電子楽器であり、あくまで音源装置である。その情報入力や発信の手法として鍵盤を採用している機器が一般的というだけで、ギターシンセやウィンドシンセ(管楽器)などもある。電子鍵盤楽器にはストリングスやブラスをはじめとする様々な音色がプリセットされているが、音を作るシンセ機能が備わっていないものも多く存在する。
ハードロック/メタルにおける鍵盤奏者
ディープ・パープルのジョン・ロードがクラシック音楽をロックに持ち込んだことにより、ハードロックにおける鍵盤楽器の重要性はギターとともに一つのバンドスタイルを確立した。様々な音色効果というよりも、ソロを取ったり、オルガンを中心としたテクニカルなプレイヤー志向の傾向が強い。VOW WOWやSHOW-YAなどギターに負けない速弾きは、きらびやかなサウンドとともに、バンドのカラーを打ち出す大きな要素である。
異彩を放っていたのが、筋肉少女帯のエディこと、三柴江戸蔵(三柴理)である。のちにバラードにおいてピアノを大きく用いたYOSHIKIがショパンであるのなら、エディのピアノはリストだろう。強面の容姿とのギャップ、音楽大学卒という経歴に裏付けられた超絶技巧と悲壮感を煽る旋律は、大槻ケンヂの不気味な心的世界の陰影を深め、初期筋少の得体の知れない存在を演出した。アルバム『SISTER STRAWBERRY』(1988年)におけるギタリスト、“ジェットフィンガー”横関敦との速弾きバトルは音楽史に残るロックとクラシックの技巧派の饗宴と言えるものだ。
バンドブームにおけるキーボーディストの増加と反発
80年代にはユニコーンやすかんち、プリンセス・プリンセスなど、キーボーディストが在籍するバンドが多く出てくる。扱い易いシンセ機種の普及により、アマチュアでもキーボードが在籍するバンドが増えた。歌謡曲からニューミュージックに移りゆくシーンということもあり、アレンジやサウンドの幅を持たせることが求められた時代である。それゆえ、シンセサイザーを扱うミュージシャンが重用されるようになり、PINKのホッピー神山など、バンド出身のキーボーディストがプロデューサー/アレンジャーとして迎えられることが多くなった。
その反面、BOØWYに代表されるような最小編成のスタイルにこだわるバンドも多かった。レベッカのデビュー後、シンセを中心とした方向性に疑問を感じ、脱退に至ったギタリスト木暮武彦が「レベッカ♂」(のちのレッド・ウォーリアーズ)として硬派なロックバンドを組んだ話もそうした反抗を物語るエピソードの一つである。
小室哲哉が提唱したシンセサイザーとクリエイター気質
TM NETWORKでシンセを中心とした新しいバンドサウンドを確立し、鍵盤要塞に囲まれたステージでの姿はギタリストやドラマーとはまた違うプレイヤー像で多くのファンを魅了した。ヤマハEOSなどの商品開発にも深く関わっており、初心者やピアノを習っていた女性層にも門戸を拡げ、デジタル楽器の普及に大きく影響を与えた。
90年代、“小室ファミリー”に代表されるプロデュースワークはダンスミュージックを大々的に導入し、コンピューターミュージックの象徴、のちにDAWと呼ばれる、録音、編集、ミキシングなど一連の作業をまかなうクリエイターとしての側面を大きく印象付ける。accessの浅倉大介やELTの五十嵐充、HΛLなどに続く、バンドブーム期とは違う、作曲からトラックまで手掛けるプロデューサースタイルである。
マニピュレーターという役割
キーボーディストが兼任する場合も多いが、解っているようで意外と知られていないのがマミュピュレーターだろう。打ち込みなどのシーケンスなどをプログラミングする役割である。一昔前まではドラマーがクリックを聴き、バンドが同期に合わせていくスタイルが主流であったが、現在はバンドのテンションに合わせて同期を流していくことが多くなっている。そのライブにおける司令塔であるのがマニピュレーターの役割でもある。(参考記事:UVERworld、マニピュレーター加入の意義とは? バンド編成から読み解くロックシーンの変化)
裏方ポジションであったマニピュレーターを表舞台にあげたのはhideだろう。hideの右腕でもあるINA、キーボーディストDIEとの役割分担を当初はよく解っていなかったファンも多かったのではないだろうか。デジロックと呼ばれるようなラウドロックの世界では、サンプラーなどのシーケンサーが導入されてきたが、ダンスミュージック、DJ文化とともにシンセを取り巻く環境も変わっていく。
アナログシンセブーム
ミュージックワークステーションと呼ばれる多機能なシンセが発展していく一方で、1995年にスウェーデンのクラビア社がシンセの原点に返ったとも言えるアナログシンセを模した「Nord Lead」を発表。それまでシンセに抵抗のあったアーティストたちにも幅広く受け入れられ、シンセ界に革命が起ったといっても大袈裟ではない。楽器に明るくない人でもこの真っ赤な鍵盤を目にする機会は多いはずだ。我が国ではコルグがアナログシンセに基づいたデジタル楽器を多く発表している。NINTENDO DSソフト「KORG DS-10」や「大人の科学マガジン シンセサイザー・クロニクル」など、幅広くアナログシンセが話題になったことも記憶に新しい。
Jロックにおけるアナログシンセ筆頭格といえば、やはりPOLYSICSの登場は大きかった。DEVOやP-MODELなどのテクノの先人たちの影響下という印象もあるが、根本はパンキッシュなギターロックであり、ギラついたギターとアナログシンセという抜群の相性を見せてくれた。良い意味でチープ感と奇抜さを演出するアナログシンセは、今日におけるシーンでも効果的な彩りを与えていることは言うまでもない。
サカナクションやSEKAI NO OWARIなど、鍵盤楽器を全面に出すバンドや、フジファブリックやthe telephonesなど効果的に鍵盤を使うバンドも多い。メンバーが在籍していなくとも、耳を澄ませば、クレジットを見れば、多くの鍵盤奏者が様々な作品に携わっていることが解るだろう。ギターのように大きく目立つことはなくとも、音楽シーンの発展に大きく関わってきたのがキーボーディストであり、シンセサイザーは未来の楽器だった。そしてこの先も我々のまだ聴いたことのない音色を聴かせてくれるだろう。
■冬将軍
音楽専門学校での新人開発、音楽事務所で制作ディレクター、A&R、マネジメント、レーベル運営などを経る。ブログ/twitter