キーパーソンが語る「音楽ビジネスのこれから」第2回(後編)

アゲハスプリングス社長が語る、組織的プロデュース論「プロジェクト全体を組み上げる人材が必要」

 音楽プロデュースを軸に、レーベル運営、広告戦略まで幅広いビジネスを行う株式会社agehaspringsの玉井健二氏へのインタビュー後編。前編【アゲハスプリングス玉井健二社長インタビュー「今は邦楽を作っている人にとって大きなチャンス」】では、玉井氏のバックグラウンドや、音楽業界では前例のない「会社としてプロデュースを手がける組織」を作り上げた経緯、初の著書『人を振り向かせるプロデュースの力 クリエイター集団アゲハスプリングスの社外秘マニュアル』でも展開されている独創的なヒット理論などについて語った。後編では、同社の“クリエイティブディレクター”というポジションを軸とした組織論や、インターネットが普及した中で音楽ビジネスを展開していく方法、さらには今後のビジョンまで、じっくりと語った。(編集部)

「クリエイティブからプロモーションまで、まとめて組み上げる人材は必要不可欠」

ーーアゲハスプリングスの立ち上げは2004年。当時はどのような見通しで会社を設立したのでしょうか。

玉井:まず5年くらいはパッケージと配信中心で賄えるという計算があって、その5年の中で新しい人材を育てていき、その後にどういう風にも転がせる仕組みを作っていこうとしていました。逆に言うと、CDをたくさん売って収益をあげる仕組みのみでやっていけるのは5年くらいだと思っていました。

ーー振り返ってみると、設立5年後くらいからアゲハのプロデュースワークはかなり増えていますね。

玉井:そうですね。このビジネスには面白い現象があって、たとえば初週で数十万枚くらい売れて、2週目で100万枚突破みたいなCDを出すのが一見、おいしいように見えるのですが、実は20万枚くらいの売り上げでも、その後の二次使用や著作権収入などが生き続けることで、5年間のトータル収益が両者でそんなに変わらない場合もあるんです。自分たちが本当にいいと思うものを共有できるアーティストやプロジェクトがあれば、5年間ではトントンなんですよ。だから、今ミリオン売れるものは何かと目くじらを立てる必要はないんです。自分たちのポジションでしっかり磨きをかけて、きちんと届ける努力を続けていれば、必ず5年で追いつきます。もちろん、これは音楽そのものに魅力がないと絶対に起こらない現象だと思いますが。

ーーアゲハスプリングスには“クリエイティブディレクター”というポジションがあります。プロデューサーをいわばプロデュースする仕事ということですが、こうした組織のあり方は初期構想の中にありましたか。

玉井:ありました。何故かというと、当時この世界では大作家になってきちんと食べていけるような人はほんのひと握りで、田舎に帰って家業を継ぐ人があまりに多かったんですね。それがとてももったいないと思った。明らかに才能を持っているのに、チャンスをものにできなかったり、自分の魅力を伝えられずに埋もれていく人がゴロゴロしていました。こういう人たちはアーティストやプロジェクトとまったく同じで、ちょっとプロデュースすることで世の中に売り出していくことができます。だから、この仕組みさえ構築できれば、そこに大先生がいなくてもやっていけるメドが立つだろうと考えました。

ーー百田留衣さんはそうした成功ケースですね。百田さんがやっていたORCAはいいバンドでしたが、ブレイクには至らなかった。しかしその後、flumpoolなどとの仕事で活躍しています。

玉井:百田留衣はアーティストという立ち位置ではうまくいかなくても、彼にしか作れないサウンド、楽曲があります。そのリソースを違うスタンスでうまくコンバインすれば、みんなが喜ぶものができる。最近では「留衣さんの歌も聞いてみたい」という声が増えているくらい。本人は「もうやりたくない」と言っていますが(笑)。

ーークリエイター自体にファンがつくという状態ですね。百田さんの才能を引き出したクリエイティブディレクターという仕組みは、どういった発想から生み出されたのか、もう少し詳しく教えてください。

玉井:90年代から、プロジェクト全体でプロモーションだけをする人が増えました。その頃は今おもえばCDが売れすぎていた時代で、コードも知らない人材も次々デビューするような状態。どんな人でも数千万かけて宣伝する時代だったんです。そうした場合、音楽の質を高めるとか、ポップミュージックとして魅力的なものにするノウハウが必要なケースも多いのに、それがない場合が多かった。それを担うのはクリエイターだけの責任ではなくて、プロモーションやアーティストの都合や状況も関係してきます。だから、そうした全てをまとめて組み上げることができる人材は必要不可欠なんです。僕は最初、それを一人でやっていたんですが、途中から僕の考えを実践してくれる人と、二人体制になりました。それで13プロジェクトくらい回していたのですが、さすがに人間としての限界を感じて人数を増やしました(笑)。同じような目線を持っている人が10人くらいいれば、きちんと回していけます。また、この目線を持っている人はクリエイターと向き合ってサジェストもできる。曲の作り方を教えるということだけではなく、考え方でもそうです。今こうあるべきだと問いかけてあげる。クリエイターやアーティストは、いくら誉められても常に不安を抱く人種で、もがいでしまうんです。だから、もがかないで済むようにマインドを整えてあげるだけでも効果がある。こうした役目を担うクリエイティブディレクターを育てられたのも、この10年で特に大きな成果だったと思います。

ーークリエイティブディレクターになる方の前歴はどんな方が多いのでしょうか?

玉井:やはり元々ミュージシャン志望やなんかしら音楽の仕事に携わってた人が多いですね。あと、たまたまですが当初はいい大学を出て、いい会社に入って、という人は少なかったですね。いずれにしろ出がどうであれ何かチャンスはないかともがいていた人が多くて、ここで活路を見いだして、一生懸命やっている、という方が多い気がします。

ーー玉井さんのエッセンスは、折に触れて話していくのですか。

玉井:基本的には折に触れて話すしかないと思っています。でも具体的な方法論を授けるというよりは理念を話すようにしています。どうしたいのか?をどこまで伝えられるかが重要な課題で、頭で見えている景色をきちんと共有できていれば、事細かに話す必要はないんです。

関連記事