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キーパーソンが語る「音楽ビジネスのこれから」第2回(前編)

アゲハスプリングス玉井健二社長インタビュー「今は邦楽を作っている人にとって大きなチャンス」

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アゲハスプリングス
玉井健二
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クリエイター集団「アゲハスプリングス」を率いる玉井健二氏。

 音楽文化を取り巻く環境についてフォーカスし、キーパーソンに今後のあり方を聞くインタビューシリーズ。第2回目は音楽プロデュースを軸に、レーベル運営、広告戦略まで幅広いビジネス領域を手がける株式会社agehaspringsの玉井健二氏に話を聞く。ミュージシャンとしてデビューした経験を持つ玉井氏は、どのようなプロセスを経て、音楽業界では前例のない「会社としてプロデュース活動を行う組織」を作り上げたか。インタビューの前半では、初の著書『人を振り向かせるプロデュースの力 クリエイター集団アゲハスプリングスの社外秘マニュアル』でも展開されている独創的なヒット理論について掘り下げた。(編集部)

「完成形のイメージが見えているのに、それに追いつかないというジレンマがあった」

ーー本書『人を振り向かせるプロデュースの力 クリエイター集団アゲハスプリングスの社外秘マニュアル』では、玉井さんの音楽プロデュースに対する考え方や発想法を軸に、実践的な方法論についても惜しみなく書かれています。本書はどんな読者を想定して書かれたのでしょうか。

玉井:音楽に関わる人々を大きく2つに分けると、音楽を趣味としている方と、音楽を手段として何かをしたい方に分かれると思います。本書は後者の方が何かをする際のヒントになればいいと思って書きました。サブタイトルに「クリエイター集団アゲハスプリングスの社外秘マニュアル」とある通り、もともと社内マニュアルみたいなものを書こうと思っていたのですが、日々の忙しさに追われて、気付けば10年もかかってしまいました。たぶん、書籍のお話をいただけなければ書けないものだったと思います。

ーー玉井さんが日々、社内のクリエイターに伝えていることが書かれていると。

玉井:音楽に限った話ではなく、何かを作るときには、ただ作るだけではなくて、それをどうやって人に届けるかのノウハウがあります。そのノウハウを社員に伝えるには、事細かに具体的な手法を説明するのではなく、どのように考えれば答えや方法論に行き着くのかを伝えなければいけません。つまり“考え方”そのものを解説しているので、本としてはエンターテイメント性に欠けると思います。だからこそ、本当に必要にかられた人に実用書的に読んでもらって、目的を達成するための役に立ててもらえれば良いと思っています。

ーー玉井さんは本書で“音楽を通して何をするか”ということを強調されていますね。そうした考えに至った経緯とは?

玉井:僕が育ったのは大阪のリアルに荒れた街で、油断していると「コロッケパン買ってこい」とか言われるところでした(笑)。なにかキャラ立ちしていないとすぐにイジメの対象になってしまうんです。そこで僕がある時、ギターをポロンと弾いたら、みんなが思った以上に驚いたので「これでイケる!」と勘違いしたんですよ(笑)。大げさに言うと、最初から身を守るために始めたことなので、もしかしたら純粋に「こういう曲を作りたい」という動機はなかったかもしれない。でも、音楽を始めたら自分の想像を超えた反響があって、ライブをすれば人がいっぱいきてくれるので、そういうことが単純に面白くなってしまったんです。

ーーご自身の音楽的な適性には早い段階から気付いていましたか?

玉井:アマチュアのレベルですが、大体の楽器ができましたし、特にベースはおもしろかったです。ただ、僕の人生もずっとそんな感じですが、最初に完成形のイメージが見えているのに、それには追いつかないというジレンマをずっと抱えてきました。そういうイメージは自分の演奏以外にもあって、たとえば4人組のバンドがいたら、もっとこうすれば良いのに、というのは見える。もしかしたら、あまり家が恵まれていなかったので、遊び道具をあまり買ってもらえなかったことが影響しているのかもしれません。たまに自分でプラモデルを買ってきて組み立てるんですが、次は買えないので一個のプラモデルを徹底的にいじくり回すんです。色を塗り替えたり、違うものをくっつけたりして遊んでいたのが、完成形をイメージするというクセに繋がった気がします。

ーー完成形が見えるというのは、プロデューサーの資質として重要ではないでしょうか。

玉井:そうかもしれません。僕の中には“こうやりたい”ではなくて、“こうしなければならない”という考えがあって、どうしても主体的に楽しめないところがありました。特にボーカリストはお客さんを煽ったり、ちょっといいこと言ったりして、尚かつ格好よくなければいけないので、あまりやりたいことではなかったんです。ただ、イメージする完成形を具現化してくれる人がいなかったので、自分でやるしかない。たとえば、他のバンドがロックっぽい格好をしている中で、僕らはすごく無理をしてヴィヴィアン・ウエストウッドを着たり、僕は背が小さく細かったので、中性的に見せた方が良いかと思ってスパッツを履いてみたりしました。そこまではいいんですが、いざライブがはじめると自分の理想に追いつかないんですよね。結局のところ、自分には“厚かましさが足りない”という結論に達しました(笑)。

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