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立川シネマシティ・遠山武志の“娯楽の設計”第22回

映画館は“スクリーン張り替え”をエンタメ化できるか? 立川シネマシティ『ガルパン』上映に向けて

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 東京は立川にある独立系シネコン、【極上爆音上映】等で知られる“シネマシティ”の企画担当遠山がシネコンの仕事を紹介したり、映画館の未来を提案するこのコラム、第22回は“スクリーン張り替えをエンタメに出来るか?”とテーマで。

 2017年11月21日(火)から3日間掛けて、シネマシティでは順次3つの劇場のスクリーンの張り替えを行います。現在国内には3500近い映画のスクリーンがあり、スクリーンも長くても10年も使えばだいぶ汚れたり傷んできますので交換が必要なものです。つまり、全国の映画館のあちこちでスクリーンの張り替えというのはまま行われていることです。しかし一般的にこのことが知られることは少ないでしょう。大きな話題になることもありません。なにしろ、地味な変更です。劇場側も宣伝することが少ないように思えます。

 このコラムの第15回でシネマシティの音響設備改善の告知戦略について書かせていただきましたが、今回はその実践編第2弾です。前回の音響改善告知も爆発的な反響を生むことが出来ましたので、その時の方法論を、今度はシネマシティ得意の音響設備ではなく、映像面に適用しても上手くいくか、という挑戦です。せっかく大金を投資するわけですから、これを活かさないと。

 前回に記した方法論は、以下の通りです。

○なぜこの設備改善を行うのか、という理由の明確化とそれを本質とした告知設計
○既存の定石的なイメージとは異なるものを採用する。
○ワンアイディアに頼り切らない。攻める矢は複数本用意する。
○その告知それ自体をエンタテイメントにする。

 この基本方針に沿うよう、忠実にポスターや告知ページを作っていきます。まずは「なぜ?」です。これが最も重要です。

 スピーカーやスクリーンを新しくするということは、手段であって、目的ではないはずです。目的はあくまでも「より高いクオリティで映画を届けること」であって、その思いこそを打ち出すべきだと僕は考えます。

 設備改善をトリガーに、劇場の意思と情熱を明確にする。それが伝わった時、より効果的で長寿命な宣伝になるはずです。

 僕がまだ子どもの頃、ベネトンというファッションブランドが次々と常識を覆す鮮烈な広告を撃ち放ちました。仕掛けたのはオリヴィエーロ・トスカーニというイタリアのファッション・フォトグラファーです。詳細を知ったのは後に出版された彼の広告の顛末や半生を記した著書『広告は私達に微笑みかける死体』によってです。

 彼は広告という分野で何を行ったか? ファッションブランドの広告と言えば、そのほとんどはモデルたちがそのブランドの衣装を着てアートな感じで写っているもの。そういうオシャレな写真たちの中に、トスカーニが放り込んだのは、人種差別やAIDS蔓延に警笛を鳴らすもの、湾岸戦争を批判するものなど、むしろジャーナリズムに近接した写真でした。その端に、ベネトンのグリーンのロゴがちょこんと。黒人の女性が白人の赤ちゃんに授乳する姿、血まみれの軍服、カラフルな使用済みコンドームがいくつも並んでいるところ等々。

 これらの写真に、ベネトンの服は一切登場しません。商品を直接的に宣伝する気は、さらさらないのです。この広告は、鮮烈ゆえに、激しい論争を巻き起こしました。批判の嵐にさらされました。そのあたりの事情や彼の思想については著書を読んでいただくとして、学生の頃の僕は「企業の宣伝で、こんなところにまで踏み込むのもありなんだな」と心に焼き付いたのでした。

 トスカーニのような戦闘的な映画館宣伝については、いつか機会があれば挑戦するとして(笑)、話を戻しますと、彼から僕が学んだのは、直接的な商品の宣伝は短期的な効果は高いけれど、持続性は低いということです。服それ自体は流行の移り変わりですぐに陳腐になってしまいます。でもこのベネトンの宣伝のことを、僕は20年以上経った今も忘れないし、おそらくあと20年経っても忘れないでしょう。理念や思想は、うまく受け入れられれば、とても強く永く心に残り続けます。

 映画館の上映関連の設備は、一度入れたら少なくとも数年は使い続けるわけです。であれば、高機能や高性能だけを打ち出しても、しばらくは有効かも知れませんが、やがて最新のものを入れた劇場には劣ります。したがって、僕は設備増強によって売るべきものを常に「劇場の意思」と定めています。

 それは基本的には「自分が好きな映画を、最高のクオリティで好きな人に届けたい」という意思です。これを読んでくださっている映画好きの方なら、誰だって面白い映画を観たなら、僕と同じことを考えるでしょう。たまたまそれを仕事にすることになったので、その気持ちを映画館として実現化しようと言うわけです。

 それをベースにして、今回打ち出したのは「改善をし続ける」という意思です。音響だけではない、という新しい切り口を大きく提示するわけですから、これからもっといろいろなところが改善されていくのかも知れない、という期待と希望を感じてもらうことができるはずです。僕にとって現状は不満だらけで、改善したいことリストが先の先までどっさりあります。それを素直に打ち出す良い機会です。

 このことを言葉とビジュアルに置き換えていきます。ありきたりの言葉、お決まりのイメージではダメです。このニュースをエンタテイメントにしたいからです。

 今回は改善を続けることを「進化」として、「進化」と言えば誰もが頭に描く、類人猿から人間になっていくイラストを描くことにしました。それ自体は斬新なイメージとは言えませんが、スクリーン張り替えの告知に使った例はおそらくないでしょう。背景にスクリーンも描くことで、映画館が進化していくということを端的に表現します。

 実は僕は上映中の『猿の惑星』シリーズがかなりお気に入りなのです。それもあってこの機会を利用して少しでも推したいと思いまして。たぶん効果ないけど(笑)。人間までの5段階のうち2段階目の色を変えて、現在のシネマシティなどまだまだ猿程度、と改善への意思を表明しつつ、裏テーマは「だが、猿をあなどるな」です(笑)。というわけで告知ページのURLの中に「the_theater_of_the_ape」のテキストを仕込みました。まあ、これは遊びですが。

スクリーン告知ページ

 イラストの下には「THE EVOLVING THEATER いつか最高の劇場になれるまで」のテキストを配置。メインヴィジュアルはこれだけです。スクリーン新調のことは、入れ込んでいません。伝えたいことの本質ではないからです。

 スクリーン新調の説明は、文章に書きました。メインビジュアルで打ち出したメッセージの具体的な証明、という位置づけです。今回のエンタテイメントの核は、3つ新調する内の2つの劇場に一般的なスクリーンの10倍もの価格のスクリーンを導入するということです。中途半端にやるのではなく、振り切ってこそエンタメになり、大きな成功の可能性が見えてくるのはスピーカーの時に経験済みです。

 しかしこのことをどう提示するか。スクリーンの性能を示すグラフを載せたり数字で記しても、ほとんどの方には何がスゴいのだかピンときません。なんだかスゴそうと感じてもらうことはできても、面白がってもらえるところまでは届きません。

 詳細で正確な説明よりも、面白がってもらうことのほうが重要です。なぜなら映画館は、エンタテイメントの場所だからです。隙あらば、エンタテイメントを心がける。

 用意したネタは、3つ。

 ニュースタイトルの「色柄くっきり、驚きの白さに」という洗濯洗剤かよというフレーズ。「一般的な映画館のスクリーンの10倍もの価格」「スクリーンのロールス・ロイス」というフレーズ。そして「またもビジネス感覚を疑われる、映画ファンにクオリティを届けること優先の決断」という、おどけながらも強い情熱を感じさせるフレーズです。文章全体の構成も、このコラムの第9回で紹介した『この世界の片隅に』の宣伝で非常に大きな効果をあげた方法論を適用しています。

 まずは掴みに驚きを作ります。今回の増強は音響じゃないのかよ、という驚きです。それを受けて早速「意思」を表明します。「やるからにはやりきる」というフレーズです。そしてそのまま、それを証明する「一般的なスクリーンの10倍の価格」で驚きのクライマックスを作り、この後はエンタメの重要な要素である「情報と知識」を入れ込みます。

 ひとつはスクリーンには種類があること。これは「Real D」方式においてですが、2D上映のみと3D上映対応用では異なるということです。またプロジェクター側のレンズも3D対応劇場だと異なること。これらはトリビアとして誰かに話したくなることを狙っています。

 締めには、主題である「シネマシティは、進化を続けていきます」を配置します。これだけだと若干弱いので、強調するためにその前の行に「次来た時には、もっと良くなる」という文章を足しました。

 これで「意思こそを伝えるスクリーン新調の宣伝」の完成です。お客様に「質」だけでなく「心意気」を買っていただくのです。

 一応完成はしましたが、自分のやり口を信じすぎてはいけません。言ってみればちょっとしたイラストを描いてキャッチコピーをつけて、あとは短い文章を書いた、ただそれだけです。しかもマスコミへのリリースは一切行っていませんので、これを自社のHPに載せて、同文章を会員様向けにメールするだけ。他にはポスターにして劇場のどこかに掲出する程度。こんなことではとても安心できません。

 ワンアイディアに頼り切りでは、失敗したときににっちもさっちもいかなくなります。そこで用意したのが、以前大きな評判を作ることができた「劇場の美少女化マンガ」による告知の第2話の発表です。

 これもコラムの第15回で書いた手法ですね。シネマシティはアニメファンにたくさん来場していただけているので、これを張り替え前日の夜に発表して、ダメ押しにしようという戦略です。

劇場美少女化マンガによるスクリーン新調告知

 加えて、やはり設備のための設備ではなく、作品のための設備であることを裏付けるために、企画上映も行うのが良策です。スクリーンの張り替えによる画質向上というのが、どれほどお客様にわかっていただけるものか、僕らにしてもまったく予想がつきません。ですのでここは一番わかっていただけそうなお客様にお披露目するのが安心です。

      

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