「字幕表示メガネ型端末」が示す、映画館の未来 立川シネマシティの実地テストレポート

字幕表示メガネ型端末の未来

 東京は立川にある独立系シネコン、【極上爆音上映】等で知られる“シネマシティ”の企画担当遠山がシネコンの仕事を紹介したり、映画館の未来を提案するこのコラム、第21回は“字幕表示メガネ型端末の未来”について。

 この連載の第8回【邦画“日本語字幕つき上映”のメリットと課題ーー『シン・ゴジラ』『君の名は。』の実績から考える】で、主に聴覚の不自由な方向けの日本映画に日本語の字幕をつける上映について書かせていただきました。日本語字幕上映について様々な視点から紹介したこの文章は、非常に大きな反響があり、雑誌からの取材があったほどでした。

 まだまだ実施している上映館が多くないのでご存じない方も多いかと思いますが、この日本語字幕上映、2000年代初め頃から耳の不自由な方にも日本映画を楽しんでいただこうと、セリフと主要な効果音の説明の字幕が出る上映が継続的に始まりました。すべての作品ではなく、大手製作の作品が主になります。

 この上映をめぐる様々なメリットとデメリットは第8回を読んでいただくとして、今回はこのコラムの最後で書いたメガネ型のウェアラブル端末(ヘッドマウントディスプレイ、という呼び方もあります)を使用した字幕表示について、ついに実地テストが始まったことをレポートしたいと思います。

 これは個別にディスプレイのついたメガネ型端末を掛けていただき、透過型ですので映画のスクリーンに字幕表示が被さって見えるという機器です。ですので、字幕が必要な方だけ掛ければ良いので、不要なお客様と共存できるという夢の未来が実現するというわけです。

 この試験運用、まずは国内4カ所でスタートしました。川崎チネチッタ、名古屋ミッドランドスクエアシネマ、大阪ステーションシティシネマ、そして僕が働いている立川シネマシティです。

 デビュー作品は是枝監督の最新作『三度目の殺人』です。是枝版「羅生門」とでも言うべき作品で、殺人者が曖昧で場当たり的な態度をとり続けるために、追求する者、関係する者がある種の“願望”を犯人に投影し、それぞれの人物像を作り上げていってしまうという、哲学的テーマを扱ったサスペンスです。さすが是枝監督としか言いようがない圧倒的な映像力と演出力で、とりわけラストの刑務所の面会室での場面の映像演出は鳥肌モノです。是枝ファンなら『空気人形』の冒頭、電車の車窓に寄りかかる板尾創路の場面を思い起こすかも知れません。

 執筆時点ですと他に『ナミヤ雑貨店の奇蹟』『パーフェクト・レボリューション』が対象作品です。テスト運用期間、ご利用には鑑賞の前日の夜までに特設サイトで事前予約が必要です。こちらからネット予約できます。聴覚障がいの方のみを対象としています。

http://npo-masc.org/glasses/

 さて、このメガネ型端末の使用感、結論からずばり言いましょう。この端末で字幕表示して観る映画体験、何もつけずに観るのを100点とすると、現時点では60点~70点という感じです。字幕は美しく観やすく表示されるし、肝心の映像との同期はほぼ完璧と言っていいです。ですので現時点ですでに十分に“機能”は果たせています。

 また、装着するとアイアンマンにでもなった感や、ドラゴンボールのスカウターを身につけたようなフューチャー感を味わえ、一部の方はムダにテンションがあがるはずです。正直、僕ははしゃぎました。ガジェット大好きなので。

 実施テストでの機器は「エプソン MOVERIO BT-300」という機器を使用しています。これは市販されているものです。

エプソン MOVERIO 製品ページ
http://www.epson.jp/products/moverio/bt300special/

 この機器はAndroidで動いていて、使用するアプリは「UDCast」というものです。AndroidはもちろんiOSアプリもあります。

Android用
https://play.google.com/store/apps/details?id=jp.co.palabra_i.udcast

iOS用
https://itunes.apple.com/jp/app/udcast/id899342269

 電源を入れ、メガネ端末をかけると、スマホのトップ画面みたいなのが表示されて、そこからUDCastを選択して立ち上げるわけです。どんな画面が表示されるかは、実際にあなたのスマホにこのアプリをインストールしてみてください。スマホに表示されるほぼそのままです。

 アプリを立ち上げ、これから観る作品を選択すると、準備完了。「本編音声をマイクで拾うと、自動的に字幕が表示されます」という案内が表示され、予告編の間は表示されっぱなしで鬱陶しいので、いったんメガネを外して予告編を楽しみます。予告編が終わり、この映画はバリアフリー上映に対応しています、という告知動画が流れたら再装着。この動画が同期開始のスイッチになっており、先ほどの案内表示が画面から消えます。

 ここからはセリフまたは効果音があれば、字幕が完璧なタイミングでスクリーン上に被さって表示されていきます。このAR(Augmented Reality/拡張現実)感覚にはニヤニヤしてしまいます。ちなみに途中入場したとか、トイレに外に出て戻っても、その時点から本編音声を拾って表示は復活します。逆を言えば外部マイクは常に音をキチンと拾える状況でなければいけません。服が被さったりすると表示が消えたりすることも。

 さて、ここからは問題点も書いていきます。誤解していただきたくないのですが、列記する問題点は致命的なものだと僕は思いません。この機器は完璧ではないけれど、救世主であることは間違いないです。これが大前提です。

 さてそれでは気になる点を箇条書きしましょう。

○字幕が首のわずかな動きにも追随して動いてしまう。
○グラスにある透過スクリーンがスタンダードサイズ(昔のテレビの縦横比)くらいで、映画のスクリーンの中心部が若干暗くなってしまう。
○字幕の文字サイズは一定なので、座席位置により映画のスクリーンサイズが大きくなると可読性が一気に下がってしまう。座席は後ろの方に座るのをほぼ強制されてしまう。
○グラスの縁の上下に、映像が水面のように反射してしまう。
○メガネ機器、コントローラーに、重量負担軽減のためにネックストラップがつけてあり、そこに外部マイクもくっつけてある。ケーブルとストラップが絡み合って、鬱陶しい。
○すごく重いわけではないが、まあまあ重さはある。終映後には鼻梁に跡がつくのは避けがたい。
○メガネユーザーが上に掛けるのは、3Dメガネよりもずっと負担が大きい。

 他にもありますが、大まかにはこんなところです。カンタンに上から説明していきます。まず、映画のスクリーンは固定で、メガネ端末は顔が動けば動きますから、字幕の位置が常に動きます。呼吸や心臓の動きでもわずかに動きますし、例えば画面の右上部で何か起こって目線が向けば、字幕がその方向に動きます。いつもの画面下部に固定したいなら、首を固定しておく必要があるわけです。これ、慣れるのに数十分かかります。数十分すると「まあ、これはこれ」という感覚になっていくのですが、しばらくは「どの位置が首のやすらぎと試聴環境の落としどころなのか」という感じで字幕位置を探ることになります。この間は、映画への集中が削がれます。

 最後まで慣れないのは、メガネ端末にはめてあるグラス部分の、真ん中に透過スクリーンがあり、ここに映像が表示されるわけですが、この画郭が映画のスクリーンの縦横比と合わないのです。古いテレビと今のワイドテレビの幅の差ですね。この表示スクリーンは透過と言っても何もないところに比べればわずかに暗く、字幕が表示される真ん中だけが暗く、両端が明るいという状態になります。真ん中だけ3Dメガネを掛けた感じ、と言ったら映画ファンにはわかっていただけるでしょうか。

 そしてこれは実際に座席をいろいろ移動してみて体験すると驚くのですが、前の方に座ると表示しているのは一定の文字サイズのはずなのに、映画のスクリーンの見え方が大きくなるせいで、急激に文字のサイズが小さく感じられ、うまく読めなくなってしまうのです。画面の全体把握のために動く視点の範囲に対して、文字が小さすぎるということですね。試してみないとわかりませんがIMAXくらい大画面だと最後列でも厳しいかもしれません。観るのに座席を選ぶ、というのは普及してきたとき大きなネックになると感じました。

 気になり出すと気になるのは、グラスの縁に映像が反射するのです。河口湖の水面に富士山が映り込むような感じで映画スクリーンの外がチラチラするのです。これはMOVERIOがかつてのツッパリ、ヤンキーが掛けていたメガネの様に細いため、縁が視界に入ってしまうためです。そもそも字幕表示して映画館で鑑賞するという用途を想定して作られているわけではないですからね。

 ここまでが見え方の問題ですが、本体についてもちょっと問題があります。その機能のフューチャー感に対して、ケーブルとストラップがごちゃごちゃしてスマートではないのです。機器それ自体は、グラス端末とコントロール端末のみですが、ここにオプションの外部マイクが必要で、それの固定とコントローラーの重さの負担軽減のためにネックストラップがくっつけてあります。これが装着時に絡み合ってかなり面倒くさいのは否めません。

 また重くて耐えられない、というほどではありませんが、3Dメガネほど軽いわけでもありませんので、長時間は厳しい方もいるかと思います。またメガネの上に掛けるのは、端末が細メガネスタイルであることもあって、やってやれないことはないですが、まあまあハードルが高いです。

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「コラム」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる