前作と同じマップ“だからこそ”の魅力 『ゼルダの伝説 TotK』がもたらしたゲーム史上屈指の体験

『ゼルダTotK』でのゲーム史上屈指の体験

 惜しみない絶賛を寄せられている現在となってはなかなかイメージが湧かないかもしれないが、『ゼルダの伝説 ティアーズ オブ ザ キングダム』(以下、『ゼルダの伝説 TotK』)が発売される前、同作に対して懸念の声を示すプレイヤーは決して少なくなかった。前作となる『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』(以下、『ゼルダの伝説 BotW』)がゲーム史に残る傑作だったことはもちろんだが、それ以上に不安視されていたのは、同作が「前作と同じマップを使う」と明言していたことである。

ゼルダの伝説 ティアーズ オブ ザ キングダム TVCM フィールド篇

 だが、発売から数ヶ月を経たいま、『ゼルダの伝説 BotW』のプレイヤーであれば、きっとその多くが「むしろ、それこそが『ゼルダの伝説 TotK』において重要なポイントなのだ」と感じているのではないだろうか。前作と同マップ“なのに”ではなく、“だからこそ”の魅力を本作はたしかに持っているのである。

 一般的にゲームの続編において、前作と同一のマップが使用される機会はそれほど多くはない。分かりやすい例としては、関係性としてシリーズ上最も近いであろう『ゼルダの伝説 ムジュラの仮面』が挙げられる。『ゼルダの伝説 時のオカリナ』の続編としてわずか1年半ほどで制作された同作だが、ゲームシステムや各種アセット類を流用しつつも、それでもマップについてはまったく新しいものが用意されている。

 流用しない背景としては、「既視感の排除」が考えられるだろう。(『ゼルダの伝説』シリーズのように探索に重きを置いた作品の場合は特に)これまでに見たことのない場所を訪れることによって刺激される好奇心は、プレイヤーにモチベーションを与えるうえで極めて重要であり、逆に似たような景色が続いてしまうと飽きてしまう。そのために、多くのゲームは、時にはアートスタイルごと変えながら「これまでの作品とは違う景色」を作り続けている。

ゼルダの伝説 ティアーズ オブ ザ キングダム TVCM フィールド篇
ゼルダの伝説 ティアーズ オブ ザ キングダム TVCM フィールド篇

 だからこそ、(『ゴッド・オブ・ウォー ラグナロク』における「ミズガルズ」や『龍が如く』シリーズにおける「神室町」のような例も存在するとはいえ)『ゼルダの伝説 TotK』ほどの規模で同マップを流用するケースは異例と言ってもいいし、ゆえに少なくないプレイヤーたちが本作の方針について不安を抱いてしまったのである。

 では『ゼルダの伝説 TotK』は前作と同マップを流用したうえで「既視感の排除」に成功しているのかというと、広大な「空島」と「地底」という2つの新たなレイヤーが用意されていたり、洞窟の追加といった変化が加えられているとはいえ、基本的には当初の予想通りに既視感に満ちている。だが、ここに「再訪」という目的が与えられているのであれば、話は別だ。

 明言されているわけではないが、登場キャラクターに起きている変化などから察するに、『ゼルダの伝説 TotK』は前作のラストからおよそ5〜6年ほど経過した時系列に位置した作品である。これはおおよそ前作発売(2017年3月)から本作発売(2023年5月)までに現実で実際に経過した時間(6年2ヶ月)に近い。つまり、前作を発売当時に遊んだ多くのプレイヤーは「あれからどうなったのか」を実際にその足で確かめにいくことになる。

ゼルダの伝説 ティアーズ オブ ザ キングダム TVCM フィールド篇
ゼルダの伝説 ティアーズ オブ ザ キングダム TVCM フィールド篇

 5〜6年という時間は短いようで大きな変化を人々に与える。特に育ち盛りの子どもにとってはその影響は極めて大きく、前に会った時は幼い印象だったのにも関わらず、久しぶりに会うとすっかり頼もしい若者へと成長していたりする。大人に関しても、責任のある立場を任されるようになったり、考え方が変わったりするには十分な期間だ。また、変わるのは人物だけではない。かつて農業で知られていた村がいつの間にか流行の発信地となっていたり、環境の変化によって地域全体の生活に影響が出ていたりと、場所や気候だって変わっていく。

 本作において、主人公であるリンクはゲームの主目的となる「ゼルダを探す」ために、前作で訪れた場所をあらためて「再訪」することになる。ゲームの最序盤で起きる天変地異もそうだが、それ以上に「時間そのもの」がそれぞれの場所に様々な変化をもたらしており、それを確かめたいという想いが、前作プレイヤーにとっての大きなモチベーションとなるのだ(とはいえ、もちろん本作から始めたとしても、大きな問題が生じないような作りになっている)。

 もちろん、『DARK SOULS III』のように「再訪」を続編となる物語の一部に組み込んだ例はいくつか存在するが、『ゼルダの伝説 TotK』の試みが画期的だったのは、それを広大なオープンワールド全体で実現してしまったことだろう。それでも本作が退屈とは無縁なのは、前作が「祠」や「コログの実」などを筆頭に探索に重きを置いた作品であり、前作プレイヤーの多くが物語の舞台である「ハイラル」そのものに深い愛着を抱いていること、さらには「空島」と「地底」という上下のレイヤーの導入や新たなゲームメカニクスによって、前作とは異なる視点でマップを見ることができるようになったことが大きい。本作では「鳥望台」を筆頭に幾度となく遥か上空からハイラルを見渡す機会が訪れるが、そのたびに「あの場所はどうなっているのだろう」という好奇心を刺激される。また、「ゾナウギア」や「トーレルーフ」の存在は、前作とは全く異なるルートでの探索を実現させてくれる。その結果として、本作を遊べば遊ぶほどに、このハイラルという世界、そしてそこで生きる人々の存在が、よりリアルな実感を伴って伝わってくるようになるのである。

ゼルダの伝説 ティアーズ オブ ザ キングダム TVCM フィールド篇
ゼルダの伝説 ティアーズ オブ ザ キングダム TVCM フィールド篇

 だが、真の本作の凄みは、ここまで書いてきたような「再訪」と、それによって深まっていく場所と人々への想いが、ストーリーテリングの強度へとつながっていくことにある。

 (発売からまだ数ヶ月程度のため)詳細は伏せるが、『ゼルダの伝説 TotK』では、『ゼルダの伝説 BotW』の物語を壮大な時間軸における一つの出来事として位置付け、その出来事を通して築き上げてきた「いまを生きる」仲間たちとの深い絆によって、この物語に本当の意味での決着をつけることになる。本作の物語は前作が小規模な作品であるかのように感じられるほど壮大なものだ。だが、前作から年月を経てハイラルの地を再訪し、そこで得た「年月を経て変わったもの≒成長したもの」と、「決して変わることなく、そこにあるもの」がリンク(そしてプレイヤー)にたしかな力を与えてくれる。この感覚は紛れもなく「続編」という形でしか得ることができないものであり、さらに言えば、プレイヤー自身がゲームの世界と同じくらいに、現実世界でも実際の年月を経て「再訪」したからこそ実現することができる体験である。だからこそ、本作が辿り着く最後の戦い、そしてクライマックスの瞬間は、歴代『ゼルダ』シリーズはもちろん、ビデオゲーム史上屈指と言っても過言ではないほどに美しい。本作をクリアした筆者は、果たしてあれ以上の体験を今後味わえるだろうかという不安を感じたほどだ。

 「前作と同マップ」という大胆な試みを通して、オープンワールドゲームのみならず「続編」という形式そのものについても新たな金字塔を打ち立てた『ゼルダTotK』。前作から続いた物語は本作をもって終わりを迎えた(と思われる)が、『ゼルダの伝説』シリーズ自体は今後も続いていくだろう。果たして次の作品ではどのような体験が待っているのだろうか。それを楽しみに待ちながら、私たちはシリーズとともに年を重ねていくのである。

『ゼルダの伝説TotK』が向き合った前作の“問題点” 自由度とストーリーはどのように両立したのか

近年のビデオゲームにおいて完全に定着したといえる「オープンワールド」。いわゆる「一本道」と呼ばれるリニアな進行を強いられるゲーム…

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