『バックルームズ』の地上ではなぜ再開発が進められるのか? 資本主義も超える“複製地獄”

『バックルームズ』の“複製地獄”を考える

 2005年生まれのパーソンズ(若い!)にとって、1990年という時代設定は自分の記憶には存在しない過去だ。そこにあるのは個人的なノスタルジーではなく、誰かから受け取った過去のイメージの複写でしかない。

 しかも1990年は、複写という行為が劣化を伴っていた時代だ。カセットテープをダビングすれば音は磨り減り、VHSを複製すれば画質は滲んでいく。デジタルコピーが無劣化であるのに対して、アナログはどんどん情報を失っていく。これは劇中で語られる「思い出す回数が増えるほど記憶が薄まる」というバックルームの法則と、同じ原理といえる。

 実際、『バックルームズ』にはビデオカメラによるPOVショットが何度か登場するし、パーソンズはこの手法について、「磁気テープなどの物理メディアが異空間の電磁気的な影響を受けて劣化していく、記録媒体としての物質性を強調できます」(※3)と説明している。

 つまり4:3のホームビデオ画質の粗さは、「記憶は複写のたびに劣化する」という劇中の法則を、観客に直接体験させるための装置なのだ。VHSやカセットテープ……。パーソンズは、複製行為=物質的劣化だった最後の時代を選ぶことで、現実のコピーという主題を、比喩ではなく物理法則として観客に手渡している。

 ところでこの映画は、郊外の地下に社会のツケが眠っているという、アメリカン・ホラーの定番モチーフの系譜にあると見ることもできる。だが『バックルームズ』が異端なのは、そのツケを生み出したものの正体がまったく示されないことだ。『ポルターガイスト』(1982年)の悪徳業者といい、『アス』(2019年)の国家実験といい、『バーバリアン』(2022年)におけるデトロイトの産業空洞化といい、これまでそこには必ず名指しできる加害者や歴史が存在した。それに対し、『バックルームズ』にあるのは複製の運動だけなのである。

 そもそも、この“バックルーム”という物語そのものが、匿名の複製運動によって生まれている。発端は2019年、4chanの匿名掲示板に投稿された1枚の画像と、別の匿名ユーザーが書き足した数行の説明文。以後、掲示板を通じて無数の書き手が階層や怪異を勝手に増殖させていった。

 パーソンズ自身、この構造について「僕が手掛けたのは、数ある物語の中のひとつの解釈に過ぎません。公式の正史など存在しないのですから」(※4)と述べている。作者を特定できない都市伝説を、作者を特定できない怪異が支配する空間へと映画化する。作品の主題と作品の成立過程が、同じ運動をなぞっている。加害者なき負債という物語内の構造は、原作者なき集合創作という制作史の構造そのものの反復なのだ。

 複写され、薄れながら、それでもまた形を変えて現れる。結局、それは地下の異空間の話ではなく、今日も存在し続けるこの地上の話。だからこそ、この映画は恐ろしいのである。

参照
※1. https://www.esquire.com/entertainment/movies/a71230484/kane-parsons-backrooms-interview/
※2. https://www.youtube.com/watch?v=qf7z82P_7RI
※3. https://www.youtube.com/watch?v=vIB6rHobdB8
※4. https://www.indiewire.com/features/interviews/kane-parsons-backrooms-interview-1235196224/

■公開情報
『バックルームズ』
全国公開中
出演:キウェテル・イジョフォー、レナーテ・レインスヴェ、マーク・デュプラス、フィン・ベネットほか
監督:ケイン・パーソンズ
配給:ハピネットファントム・スタジオ
2026/アメリカ/110分/英語/5.1ch/原題:Backrooms/字幕翻訳:佐藤恵子/G/
©2026 Backrooms Rights LLC, PC Films, LLC. All Rights Reserved.
公式サイト:https://a24jp.com/films/backrooms/
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公式Instagram:https://www.instagram.com/backrooms_jp/
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