『バックルームズ』徹底考察 見事に解明した“リミナルスペース”がもたらす不安感と安心感

『バックルームズ』を徹底考察

 人のいない、もしくはまばらな環境のなかで、不気味さと郷愁が同居する空間、「リミナルスペース」……数年前より、インターネットを中心に、そういった感覚を感じさせる写真を持ち寄り、不思議な気分を共有する世界的なブームが続いている。近年はゲームの題材にもなり、プレイヤーにリミナルスペースを歩かせるといった趣向も人気を集めている。

 そうした流行に大きく寄与したのが、くすんだ黄色い壁に囲まれた奥行きのある空間を切り取った写真から派生した、一つの都市伝説だ。それは、まるでゲームのバグのように壁を抜け、そうしたリミナルスペースが続く広大な空間に迷い込んでしまうという内容。

 当時まだ10代で、『進撃の巨人』を題材にしたパロディ映像を制作し、YouTubeで公開していたケイン・パーソンズは、この一枚の画像と、そこから派生した都市伝説をモキュメンタリーホラーとして映像化した。映画『バックルームズ』は、その劇場版として企画され、異例の若さでパーソンズが映画監督として長編を手がけたデビュー作ともなった。

 世界的にヒットした日本のインディゲーム作品『8番出口』は、そうしたリミナルスペースを意識していた作品の一つだったと考えられる。同じく日本で撮られた、映画版『8番出口』(2025年)が、原作のループする空間を再現しながらも、人間ドラマと哲学性に接続するという試みがとられた作品であったように、本作『バックルームズ』もまた、迷宮に迷い込む人物の心情や、人生における苦悩を描いている。

 そのような趣向に眉をしかめる観客も少なくない。リミナルスペースの迷宮という題材は、あくまで意図が不明だからこそゾクゾクさせられるもので、そこに意味や人間ドラマなどが与えられてしまっては、興が削がれるというのだ。ここでは、そんな批判もある本作『バックルームズ』が、何を真に描いた作品だったのかを考えてみたい。

※本記事では、『バックルームズ』の重要なストーリー展開に触れています。

 本作の主人公であるクラーク(キウェテル・イジョフォー)は、建築家になりたいという長年の夢を持ちながら中古家具店を営んでいるという、彼にとって不本意な状況のなかで妻に去られてしまった中年男性である。彼は現実世界に自分の居場所を見出せず、精神的に追い詰められカウンセリングに通っている。本作は、そんな彼が突如として無人の部屋や廊下がはるか先まで続く「バックルームズ」へと迷い込む姿を映し出している。

 本作は、クラークの孤独と世の中への不満を中心に描いた後、ようやくこの「バックルームズ」の内部を映し出す。そこは、中古家具屋の延長のようでもあり、どこかの荒廃したオフィスや大規模な商業施設にも見えるが、何にしろ本来の目的を失っている。誰かが働くための場所でも、心地よく休むための場所でもない。どこかとどこかを繋ぐだけの“リミナル(境界的)”な宙ぶらりんの雰囲気に包まれている。

 クラークは、この出口の見えない広大な空間を彷徨い始める。よくあるスリラー映画であれば、主人公は恐怖に怯え、脱出のため必死に知恵を絞り、生きる意志を見せるはずだ。観客もまた、主人公のサバイバルを応援することで感情移入していく。ところが、クラークはそうした気持ちを失っていく。それは彼が現実の世界への執着を、すでに失っているからだろう。

 この映画の「バックルームズ」は、罪を浄化して、いつか天国へ向かう場所という、宗教的な「煉獄」の概念を思い出させる。さらにきめ細かく見れば、神を信じていない者が行き着く「辺獄(リンボ)」の方が近いかもしれない。そこには裁きもなければ、救済のプロセスもない。クラークは、そんなモラトリアム(猶予期間)のなかに身を浸すことを選択するのである。

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