『Tシャツが乾くまで』はなぜ共感を“裏切った”のか “分からない”まま終わる意味

『Tシャツが乾くまで』はなぜ共感を捨てた?

「裏切られた」

 金曜ドラマ『Tシャツが乾くまで』(TBS系)が終盤を迎えるにつれて、SNSではそんな言葉を目にするようになった。共感できない登場人物が出てくるドラマは、決して珍しくない。理解できない行動を取ったとしても、「これはフィクションだから」と一定の距離を置いて楽しむことができる。それなのに、なぜ本作には「共感できない」を超えて、「裏切られた」とまで感じる人がいたのだろうか。

 思えば本作は、前半であまりにも巧みに視聴者の共感を引き寄せてきた。樹生(中島歩)の「好きな人フィルター、掃除した方がいいですよ」という言葉や、「私たち、いつまで可哀想でいればいいんですかね」という咲子(蒼井優)がこぼした一言をはじめ、誰もがどこかで感じたことがありながら、うまく言葉にできなかった感情が、何度もすくい上げられてきた。

 だから私たちは咲子を「分かる」と思ったし、樹生の喪失に胸を痛めた。彼らの言葉や行動に自分の感情を重ねながら、その気持ちを追いかけてきた。

 私たちがこの物語を「分かろう」とした方法は、共感だけではない。もう一つ、本作が視聴者を夢中にさせたのが「考察」だ。充(松山ケンイチ)とあずさ(夏帆)は本当に不倫をしていたのか。花火大会や水族館のチケットにはどんな意味があるのか。登場人物たちが誰かを見つめているようなメインビジュアルは何を示すのか。

 「考えれば、いつか答えにたどり着ける」。本作は、そう思わせるだけの材料を視聴者に提示し続けてきた。人物の感情は共感によって、物語に残された謎は考察によって。私たちはそれぞれの方法で、『Tシャツが乾くまで』を理解しようとしていたのだ。

 ところが終盤に入ると、そのどちらも、簡単には「答え」にたどり着けなくなっていく。大きな転換点となったのが、第8話だった。

 家を飛び出した咲子を探すため、喫茶店「ひこうき」に充、樹生、直人(高橋文哉)、千鶴(臼田あさ美)、宮内(リリー・フランキー)が集まる。充が求めたのは、各々の「さっちゃん像」だった。明るい。穏やか。飽きっぽい。毎朝同じトーストを食べる。それぞれが語る咲子像は、同じ人物について話しているはずなのに、少しずつ違う。

 それを証明するかのように、終盤では、それまで視聴者が知らなかった咲子の姿が次々と現れていく。篤彦(井ノ原快彦)の存在、4度の離婚歴。そして、あれほど戻ってきてほしいと願っていたはずの充に、自ら離婚を提案する。

 SNSでは、第8話以降の雰囲気の変化に「脚本家が変わった?」と戸惑う声まで見られた。もちろん、脚本を手掛けているのは最後まで生方美久だ。それでもそう感じる人がいるほど、それまで積み上げられてきた物語の手触りが変わったということだろう。

 私には、その唐突にも見える変化自体が、作品からの挑戦状のようにも感じられた。第8話で「人は人の一面しか知らない」ことを登場人物たちに語らせたあと、第9話では、それを視聴者自身に体験させる。

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