『風、薫る』はなぜ“環”瀧七海の主役週を描いたのか “シマケン”佐野晶哉の夢を継いで

NHK連続テレビ小説『風、薫る』のタイトルバックが絵であることは環の将来を暗示していたのだろうか。りん(見上愛)の娘・環(瀧七海)のターンがついに訪れた。第24週のサブタイトルは「環」(演出:新田真三)。
物心ついたときから、父・亀吉(三浦貴大)はおらず、母は仕事で家を空けがち。不在の寂しさを絵で埋めていたら、いつしか絵がかけがえのないものになっていた。女学校卒業を前に環は絵を生業にできないかと考えはじめる。

明治時代、絵描きとして生計を立てるのは至難の業だ。悩む環の背中を押すのは、十数年ぶりに現れた父・亀吉と静岡の実家を処分して東京に戻ってきたシマケンだ。亀吉とシマケンはりんよりも本音が話しやすい相手となり、環はおおいに励まされる。
亀吉は悩む環に「お前の母ちゃんは自分勝手な女だ。気にすんな。母さん、見習ってわがままに生きろ」と背中を押す。もし仕事がうまくいかなくても嫁ぎ先を探してやるとまで。十数年、放っておいたわりにものすごく物わかりがいい。しかも、単に聖人のようなことをいうのではなく若干りんへの嫌味を込めているところに人間味があって逆にいい。
亀吉は、りんには「ああやって贅沢に悩ませるのがおめえの望みだったんじゃねーのけ?」とやっぱり嫌味を言う。
亀吉とりんの夫婦仲が決定的に絶たれたのは、りんが環を女学校に行かせたいと言って譲らなかったからだった。亀吉は、自分が叩き上げで運送会社を大きくしたという自負を持つ反面、学のないコンプレックスをもっていた。明治時代、女性は結婚して家のことをするものと思うのは一般的で、亀吉は女学校に行く必要はないと突っぱねて、ふたりは激しくぶつかりあった。
「贅沢に悩ませる」という表現が筆者には非常に印象的に感じた。悩むことが贅沢な行為であるということだ。そう、亀吉は悩む間もなく働いてきたのだ。このドラマでは虎太郎(小林虎之介)もそうだ。序盤の直美もそうである。寛太(藤原季節)も。彼ら彼女らは、「将来何になろう」「自分は何を望んでいるのだろう」なんてことを考える余裕などなく、ただただ生きるために働かざるを得なかったのだ。裕福な家に生まれなかった者は、悩んでいたらのたれ死ぬ。そんな時代だったと思う。亀吉や虎太郎は目の前の仕事に精を出し成功した。直美は偶然の良き出会いがあって看護婦になった。寛太は裏稼業的なことをずっとやっている。

環のような贅沢な悩みで、時間を費やすことは現代における「モラトリアム」に近いだろう。明治時代にはまだ「モラトリアム」という概念は日本にはない。1977(昭和52)年、『中央公論』に精神医学・心理学者の小此木啓吾の「モラトリアム人間の時代」が掲載され、そこから広がったと言われている。「豊かな社会に育ち組織に属さない青年」という意味合いで、社会に出て責任をもつことを踏みとどまる若者のことを指すときに使用される(※)。
環は時代を先取りしている。りんや直美が明治の時代、女性の社会進出の先頭に立った者たちであることに対して、環はそのあとの世代を代表しているのだろう。



















