“虎太郎”小林虎之介が『風、薫る』にもたらしたもの りんたちの転機に関わり続けた優しさ

NHK連続テレビ小説『風、薫る』もいよいよ終盤戦に突入。第25週「風媒花」ではこれまで道なき道を進み、“看護婦”という職業の確立に尽力してきたりん(見上愛)と直美(上坂樹里)が、次の世代に看護の仕事を伝えていく姿が描かれる。
帝都医科大学附属病院に運ばれて一命を取り留めたセツ(村上穂乃佳)や看病婦として働いていたツヤ(東野絢香)など、かつての患者や同僚との再会が続いているりんと直美。懐かしい顔ぶれとの思いがけない再会は、主人公たちの人生を長いスパンで描いている朝ドラだからこその醍醐味だろう。

そんな本作において、りんとの再会を契機にさまざまな顔を見せてくれたのが小林虎之介演じる虎太郎だ。りんとは同じ村の生まれで、幼い頃から気を許せる仲だったものの、身分の差を気にして自身の恋心を伝えられずにいた虎太郎。りんが幸せに暮らせるようにと願い、離れていく彼女の背中を押す不器用な優しさは、小林虎之介の演じる虎太郎の一挙手一投足に滲んでいた。
その後、虎太郎は人生の勝負をかけて栃木の那須から上京。銀座の製薬会社で給仕として働き始めた虎太郎は社員になり、りんが働いていた帝都医科大学附属病院や直美が立ち上げた派出看護の会にも薬の販売でやってくるなど、再び一ノ瀬家との交流が生まれ始める。
しかし、虎太郎が東京の地で実感したのはりんとの対等な関係ではなく、経過した時間によって開いた心の距離だった。「瑞穂屋」でのシマケン(佐野晶哉)との出会いや、りんが看護婦養成所の門を叩いた経緯を虎太郎は知らない。シマケンとの三角関係で後手を踏んでしまったのも、慣れない東京の地で脇目も振らずに努力を重ね、りんの隣に並び立つ存在になるために必死だったからだろう。幼い頃から知っているりんを大切に思う気持ちは、ほかの誰よりも強かったはずだ。
それでも恋叶わず、りんがシマケンを選んだことを2人の仲睦まじい様子から悟ったときは、意を決して恋のライバルだった男に真正面から気持ちを伝えるのが虎太郎だった。シマケンを飲みに誘い、酔いどれ状態になりながらも、夢を追う彼に「血反吐はくまで努力しろ」と発破をかける。りんの幸せを願うからこその歯痒い気持ちは「いっそりんに養われて平気なクズだったら俺も笑えるのに」という虎太郎の言い回しにも表れていた。
さらに、戦争の足音がりんや直美の日常にも忍び寄るなか、虎太郎は戦地となっている朝鮮に志願して向かうことに。「どうしてそんなに上に上がろうとするの」とりんに尋ねられた際は、彼女に対する長年の思いを飲み込んで、「つても学もない俺が努力だけでどこまでいけるのか試してみたいんだ」と伝える。その言葉からは、あの頃から仕事や地位は変わったとしても、決して変わらない虎太郎の優しい心根が感じられた。

りんと握手を交わし、戦場となっている地に赴く描写が映し出されたことで心配していたが、虎太郎がいたのは戦線の後方だったこともあり、戦争終結後は無事に日本へと帰還。しかし、彼の心には見えない傷が刻み込まれていた。カラスの鳴き声にも怯える虎太郎の姿は、恐怖が日常にも侵食していたことを暗に伝える。「笑えるくらいに無力だった」と呟いたあと、りんからもらったハンカチを「俺のお守りだった」と明かした虎太郎。かつては「努力したものは努力しただけ上に上がれる。今はそういう自由な世の中なんだから」と得意げにりんに話していた彼が、戦地から帰ったあとは「人の生き死にはくじ引きみたいなもんだ。がんばったやつが報われるわけじゃない」と吐露する。信じていた価値観が崩れ去ったのだと察するセリフの変化と、お守りにしていたハンカチが効力をなさなかったことが重なる演出はあまりにも残酷で、観ている人の心にも重くのしかかったはずだ。
決して出番が多いわけではないが、虎太郎はこの時代に生きる人々がどうすることもできない壁に阻まれたときの“無力さ”を体現する存在となりつつある。でも、だからこそ、彼が人生を諦めずに前へと進んでいく姿は、停滞感が漂う現代を生きる人々に一歩踏み出す勇気を与えてくれるはずだ。物語の終盤戦で見せる虎太郎の選択と表情の変化に注目したい。
■放送情報
2026年度前期 NHK連続テレビ小説『風、薫る』
NHK総合にて、毎週月曜から金曜8:00~8:15放送/毎週月曜~金曜12:45~13:00再放送
NHK BSプレミアムにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送/毎週土曜8:15~9:30再放送
NHK BS4Kにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送/毎週土曜10:15~11:30再放送
出演:見上愛、上坂樹里
脚本:吉澤智子
原案:田中ひかる『明治のナイチンゲール 大関和物語』
制作統括:松園武大
プロデューサー:川口俊介
演出:佐々木善春、橋本万葉ほか
写真提供=NHK




















