『ばけばけ』トキはなぜ銀二郎を選ばなかったのか “史実だから”を超えた“対等”の尊さ

トキはなぜ銀二郎を選ばなかったのか

 キーになるのは、ヘブンの「あなたの言葉、あなたの考え」という言葉ではないだろうか。ヘブンはトキに怪談を聞かせてもらうことになったとき、怪談の本の朗読ではなく、トキがこれまで聞いて覚えてきた話を彼女なりに聞かせてほしいと頼んだ。それによって期せずしてトキの自立の道が拓けたのだ。

 それまで、トキ自身が怪談を聞かせてもらう受け身であったが、ヘブンによってトキが怪談を聞かせる能動の側に回った。『子捨ての話』に至っては、トキは独自の解釈も語っている。子供が捨てられて亡くなっても何度も同じ親のところに蘇ることを呪いではなく思慕の情とトキは捉え、ヘブンはそれに興味深く耳を傾けた。

 家父長制の時代、女性は家事を担当し、家存続のために子を生み育てるという役割が課され、夫に付き従うのが当たり前と思っていたのが、ヘブンといると、自分の能力や考えを尊重してもらえ、ある種対等でいられることにトキは気づき、そこに得も言えぬ快感を覚えたのではないだろうか。銀二郎からはもらえなかったものをヘブンがもたらしたのだ。

 対等どころか、ヘブンはトキを「トキ師匠」と敬うようにもなった。「女中」という下働きから「師匠」という上位に上がったのだ。それまで「おっちょこちょいの女中」とヘブンからイライザへの手紙に書かれていたように女中としても有能ではなかったトキ。リヨ(北香那)のような聡明さもなく、あまり役に立っていなかったが、こと怪談に関しては必要とされている実感が得られ、自己肯定感がぐっと高まったことだろう。

 日本が西洋化したとき、女性の役割にも変化が生まれはじめたといえる。トキとヘブンが結ばれたことは、日本の女性の変化の象徴でもあると考えてもいいかもしれない。とちょっと堅苦しい話にしてみたが、やっぱり銀二郎が不憫すぎる。銀二郎が「やり直したい」と言った場も、ヘブンと手を繋いだ場も夕暮れの宍道湖。夕日を背景にシルエット状になったふたり、とまったく同じようなシチュエーションで(構図も似ていた)、かたやちょっと距離を置き、かたや手を繋ぐ。切なすぎる。しかも、同じ場所に見せて、ヘブンとトキの場面だけ宍道湖ロケというスペシャル感で、実は銀二郎とトキは違う場所で撮っているというのだ。それもこれも、『ばけばけ』とはトキとヘブンの物語だからと考えたらあまりに悲しい。波の音も違って聞こえてくる。宍道湖の波音のほうが筆者には柔らかく聞こえた。というのは冗談ではあるが。

 ヘブンも魅力的な人である。2026年からの残り3カ月は夫婦の物語。対等な夫婦として歩んでいってほしい。

■放送情報
2025年度後期 NHK連続テレビ小説『ばけばけ』
NHK総合にて、毎週月曜から金曜8:00〜8:15放送/毎週月曜〜金曜12:45〜13:00再放送
NHK BSプレミアムにて、毎週月曜から金曜7:30〜7:45放送/毎週土曜8:15〜9:30再放送
NHK BS4Kにて、毎週月曜から金曜7:30〜7:45放送/毎週土曜10:15~11:30再放送
出演:髙石あかり、トミー・バストウ、吉沢亮、岡部たかし、池脇千鶴、小日向文世、寛一郎、円井わん、さとうほなみ、佐野史郎、北川景子、シャーロット・ケイト・フォックス
作:ふじきみつ彦
音楽:牛尾憲輔
主題歌:ハンバート ハンバート「笑ったり転んだり」
制作統括:橋爪國臣
プロデューサー:田島彰洋、鈴木航、田中陽児、川野秀昭
演出:村橋直樹、泉並敬眞、松岡一史
写真提供=NHK

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