『ばけばけ』トキはなぜ銀二郎を選ばなかったのか “史実だから”を超えた“対等”の尊さ

トキはなぜ銀二郎を選ばなかったのか

 松江の宍道湖ロケで折り返しを迎えた朝ドラことNHK連続テレビ小説『ばけばけ』。第13週「サンポ、シマショウカ。」(演出:村橋直樹)の第65話のラストは神の国・出雲の黄昏。まさに神々の黄昏。トキ(髙石あかり)とヘブン(トミー・バストウ)が手をつなぎお互いの想いを確かめ合う姿を、八百万の神様たちが祝福しているかのようだった。

 カメラはフィックス(固定)で夕日にピントを合わせていて、髙石とバストウはみごとに太陽を隠さないように動いている。手と手の隙間から夕日がチラ見えするのも見事で、スタッフも俳優もプロフェッショナルの仕事だと感じた。

 トキの元夫・銀二郎(寛一郎)とヘブンの同僚・イライザ(シャーロット・ケイト・フォックス)が松江にやって来て、四角関係が勃発するも、それによってトキとヘブンは互いのかけがえのなさに気づく。銀二郎もイライザも、怪談を通じて交流を深めているトキとヘブンの間には入っていけないものを感じて身を引いた。

 朝ドラでは、ヒロインの恋が成就する回になると視聴者が一斉にお祝いムードになり多幸感に包まれるのが常だ。その瞬間をドラマを見ながら、いつかいつかと待ち望む。カップラーメンがいつ発明されるかとかアンパンマンがいつ誕生するかを楽しみにして見るのと同じである。

 ところが、『ばけばけ』に至っては祝福したい気持ちとなんだか釈然としない気持ちがまぜこぜになったのは筆者だけだろうか。トキとヘブンのモデル・小泉セツと小泉八雲が夫婦なので、当然の流れにもかかわらず、主要カップルが結ばれるエピソードにこんなにもやりきれない気持ちになるのは珍しい。『虎に翼』(2024年度前期)で寅子(伊藤沙莉)が星航一(岡田将生)に心引かれていくエピソード以来だろうか。これもモデルの史実に沿っているとはいえ、あんなに亡夫・優三(仲野太賀)がいい人だったので筆者は二夫にまみえないでほしく思ったものだ。

 前夫がいい人すぎると視聴者は困ってしまう。『ばけばけ』は銀二郎がいい人すぎた。もともと実直であったが、別れてから4年、車夫から身を立て月給200円の事業家に上り詰め、松野家の面倒を見ることができるようになって迎えに来たのである。なんたる責任感。トキと一緒に観ると約束した『怪談牡丹燈籠』もまだ観ていないという。なんたる誠実さ。やさしくて働き者で怪談の趣味もあってイケメン。こんな人、なかなかいない。

 にもかかわらず、トキはヘブンを選んだ。怪談の趣味が合う点において、銀二郎とヘブンは同じである。むしろ、銀二郎はトキの知らない怪談情報を知っているのだ。ヘブンに話した『鳥取の布団』は銀二郎から聞いたものだし、『牡丹燈籠』が東京で流行っている話も銀二郎から聞いたものだ。怪談大好きで、フミ(池脇千鶴)にせがんで聞かせてもらってきたトキだから、銀二郎と一緒になれば、お金の心配もないうえ、最新の怪談情報がもたらされるはずだった。なのになぜヘブン?

 銀二郎に比べてヘブンは気が短く、メンタルが不安定で、なんだかわがままなところもあるし、なにより言葉が通じない。そんなヘブンをなぜトキが選んだのか。その理由を、長く傍らにいる人のほうに親近感がわくから、とするのはあまりに味気なさ過ぎる。理由をもうちょっと考えてみよう。

関連記事

リアルサウンド厳選記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「コラム」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる