『アポカリプスホテル』は2025年春アニメの“隠れた名作”だ 人類なき“日常”はハートフル

ヤチヨとポン子たちが持つ「異質」な倫理観

このようにして日常を送るロボットやタヌキ星人たちを眺めていると、「地球人」とは決定的に異なる倫理を獲得していることがわかる。
象徴的なのは第9話でおこなわれた葬儀/結婚披露宴だろう。ある日ポン子は地球(日本)人の文化に則った披露宴がしたいと言い出す。しかしその準備中にポン子の祖母・ムジナが他界してしまう。
悲しみに暮れるポン子は披露宴の中止を訴えるが、ヤチヨの説得もありなんと葬儀と結婚披露宴の同時開催が強行されることになる。地球人視聴者にとっては違和感を抱かざるを得ない展開だが、彼女らにはしっかり「故人を悼む」気持ちが芽生えている。実際、生前に録画されたムジナのビデオメッセージが式中に再生されると、ポン子は涙を流す。

一方で、彼女らはムジナの死体をマジックショーに利用したり、ムジナの墓に別人(第10話で登場するお尋ね者とその追跡者)を埋めたりと、明らかに地球人の倫理感とは異なる行為を平然とやってのける。
したがってヤチヨたちに「人格」らしきものが見出せるとしても、それは地球人のものとは明確に異なる何かだ。ヤチヨたちは地球人の文化を継承しながらも(あるいはこう言ってよければ「蹂躙」しながら)、彼女らなりの人格のもと独自の文化を形成している。

第4話でポン子は、ヌデルと呼ばれる怪物を食糧として殺害する前に「ヌデルンルン」と名付ける=食材への感謝の表明=地球人のような倫理感を発揮するにもかかわらず、上記のような奇行に走る(「奇行」と感じるのは私が地球人だからだが)。ポン子たちにとって「地球人らしさ」は部分的なものに過ぎないのだ。
こうして地球人らしさはとことん相対化されつつ、かといって完全に排除はされず、「生きもの」たちの文化の一部としてこの世界に飲み込まれていく。
やがて最終回になってようやく地球人は「帰還」するが、彼女は宇宙服なしではもう地球の大気で生きられなくなっていた。パンデミックをもたらしたウイルスは死滅したにもかかわらず、数百年も宇宙で過ごしていた地球人のほうが「進化」してしまったために、地球環境に適応できなくなってしまったのだ。
こうして「地球人」たちにとって地球はもはや「観光地」になり、ヤチヨたちこそがホテル銀河楼の、地球の「ホスト」となる。「アプカリプスホテル」の完成である。
『アポカリプスホテル』は「日常系」を終わらせた

『アポカリプスホテル』の以上のような(地球人には理解し難い)出来事は、ヤチヨたちにとってはルーティーン=日常である。ヤチヨが荒廃した地球で日常を生き生きと過ごしていけることは、第11話の「日常系」的作劇がありありと示すだろう。
休暇をもらったヤチヨは瓦礫だらけの東京を、当てもなく歩く。「目的」から解放された人工知能の、穏やかなひとときだ。意味もなく拾った衣類に着替える。焚き火をして、動物たちと触れ合う。お湯を嘔吐してココアを沸かす(「水分補給」を必要としないロボットだからこそ可能な、純粋な「嗜好品」それ自体としての飲料への接触である)。

このような広大な土地の当てもない散策は、さながらオープンワールドゲームだ。実際、作中にはいわゆるビデオゲームにおける「隠し要素」であるイースターエッグ(PlayStationにおけるトロフィー)がそこかしこに散りばめられている。
「ミミズでハンバーグを作る」「ペガサスに噛まれる」「宇宙で迷子になる」など、その達成条件は明らかに予測不可能なものだが、それゆえに「悠久のルーティーン」にもわずかな変化や発見がそこかしこに潜んでいることを伝えてくれている。あるいは、一見変わり映えのない日常にも「やりこみ要素」はいくらでもあるということを主張する。ゲーム会社でもあるCygamesらしいアプローチだ。
このようにして「日常系」作品が描くいま・ここの肯定機能を逆手にとって、地球人にとって「フロンティア」になってしまった銀座こそが、誰かにとってはありふれた豊かな日常なのだということを、本作は淡々と描ききった。いわば「日常系」的作劇を、日常の自明性を反転させるために用いているのだ。

もはやほとんどの地球人は忘れているかもしれないが、ある程度一般名詞化した「日常系」というジャンル名は、かつて「空気系」と同義とされていた。空気のように淡々としたテンションで描かれる作風であることに加えて、空気のように所与のものとしてある日常(の尊重)という意味も見出せるだろう。
しかし地球人にとって日常はもはや空気のように当たり前に存在するものではなくなった。むしろ空気感染こそが日常を破壊したことを我々は(『アポカリプスホテル』の地球人と同じように)よく覚えている。
日常の自明性が崩壊したいますべきことは、所与の日常を幻想視することよりもむしろ、何が「日常的」なのかを再定義することだろう。
『アポカリプスホテル』はそのための舞台装置として「日常系」の遺産を発展的に継承した。あるいはまさに「アポカリプス」なものとして「日常」を描いたために、同ジャンルの歴史に終止符を打ったのかもしれない。
■配信情報
『アポカリプスホテル』
各配信プラットフォームにて配信中
キャスト:白砂沙帆(ヤチヨ役)、諸星すみれ(ポン子役)、東地宏樹(ドアマンロボ役)、三木眞一郎(環境チェックロボ役)、木下浩之(オーナー役)、チョー(ブンブク役)、本田貴子(マミ役)、田村睦心(フグリ役)、榊󠄀原良子(ムジナ役)
原案:ホテル銀河楼 管理部
監督:春藤佳奈
キャラクター原案:竹本泉
シリーズ構成・脚本:村越繁
キャラクターデザイン :横山なつき
美術監督:本田こうへい
色彩設計:砂子美幸
3D監督:中野祥典
撮影監督:岡﨑正春
編集:神宮司由美
音楽:藤澤慶昌
音響監督:飯田里樹
音響制作:dugout
音楽制作協力:SCOOP MUSIC
アニメーション制作:CygamesPictures
製作幹事:サイバーエージェント
オープニング主題歌:aiko「skirt」
エンディング主題歌:aiko「カプセル」
©アポカリプスホテル製作委員会
公式サイト:https://apocalypse-hotel.jp
公式X(旧Twitter):@Apo_Hotel























