今田美桜がセリフなしで伝える“心の震え” 『あんぱん』のこれまでにない戦時下のリアル

「生きろ。」
スタジオジブリの『もののけ姫』のキャッチコピーが出たとき、その短く強い言葉が鮮烈だった。
1997年とずいぶん前のことである。これは、ジブリの鈴木敏夫プロデューサーとコピーライター糸井重里が考えたコピーだった。なかなか決まらず、何度もやりとりしてたどりついたものだったという。
朝ドラことNHK連続テレビ小説『あんぱん』第10週のサブタイトルは「生きろ」(演出:橋爪紳一朗)。
嵩(北村匠海)が出征することになり、のぶ(今田美桜)が「生きてもんてき!」「死んだら承知せんき!」と心情を吐露する。だが、ここに至るまでには葛藤があった。のぶは夫になった若松次郎(中島歩)には「生きてもんてき」と言えなかった。
次郎は、自身の乗っている船が軍の輸送船になり、生きて帰ってこられるか不安を抱えていた。この戦争に勝てるとは思えないと冷静に状況を判断している次郎に、のぶは頑なに「そんなこと思ってはいけません」「この戦争が終わるときは日本が勝つときです」と主張した。

「愛国の鑑」としての責務ゆえ、こんな言葉しか出てこないのだ。それを受け止めて静かに抱きしめる次郎は「生徒の気持ちが少しわかった」と笑う。その顔には妻への愛情と哀しみが混ざっていた。
こんなふうに懸命に一心に言われたら、言うことを聞いてしまいそうになるのだろう。でも、胸の奥では、戦争に対して疑問が消えることはない。苦しくてたまらないだろう。
当時の人はきっとこんなふうに、死ぬことや大事な人と別れることの恐怖と、でも戦って勝つ責任感(義務感?)のようなものとの間で揺れていたのだと思う。
戦後80年、当時を知らない人が増えていく一方で、当時生きていた人たちは日本が勝つと信じていて、戦うことが正しいことだと思っていた、というのが一般的になっている。戦争に疑問を持って、戦うことに不安や恐怖を口にする人はいなかったと。百歩譲って、口にすることはなかったとしても、心のなかは誰もわからない。
これまでもその心のなかを想像し、戦争に反対する人物を描く朝ドラはいくつもあった。今回の『あんぱん』では、反対する人、戦争に邁進する人という明確なものではなく、揺れる心を描こうと腐心しているように感じる。そこに物語としての成熟を見る。そして、その挑戦を最も引き受けているのが主人公ののぶである。
嵩のようにはなから「僕は戦争が大っ嫌い」と言う人、蘭子(河合優実)のように愛する人を戦争で亡くした経験から、軍に与しないと毅然とする人ではなく、のぶは「愛国の鑑」としての役割を担うことを選択した。だがそれは、自ら率先してそうなったというわけではない。教師になろうと思って入った学校で、「愛国の鑑」になる教育を受けたからである。なんとなくそうなったという感じにはリアリティがある。

心のなかでは次郎に無事で帰ってきてほしいと思いながらそう言えず、もやもやしているのぶに対して、嵩は最初から戦争がいやで、自由を大事にしていた。それだって伯父・寛(竹野内豊)の教育のおかげであり、進学した美術の学校がそういう気風であったからだ。さらに担任の座間(山寺宏一)が鷹揚だったから、ますます自由を謳歌できた。
良くも悪くも人間はなんとなく周囲の環境に流されていきがちだ。あんなに戦争をいやがっている嵩すら、出征の際、のぶや登美子(松嶋菜々子)が「生きて」と言って憲兵に連行されそうになると、その場を収めるために「立派に奉公してまいります」と思ってもいない言葉を言ってしまう(第50話)。
そう言って微笑む嵩の視線の先にはのぶがいる。のぶは、眉間にシワを寄せ、涙を流しながら無理して笑っている。少し体を斜めにして。このねじれた表情と姿勢がのぶの、どうしていいのか、何が正しいのかわからず苦しい心に見えた。第49話で蘭子に「心のなかは震えゆる」と打ち明けていたが、その震えをセリフなしで伝えることに成功している。





















