絶望展開が続く『あんぱん』は今までの朝ドラと何が違う? のぶが直面する“戦前”の価値観

戦前を舞台にした朝ドラにおいて、ヒロインは戦時中の価値観に疑念を抱く存在として描かれがちで、だからこそ、現代(戦後)の視点で過去(戦前)を裁くなという批判を受ける機会がとても多い。
そう考えると、蘭子のほうが朝ドラヒロイン的な価値観を体現した存在だと言えるのだが、本作の主人公ののぶはむしろ当時の愛国思想に染まり、子どもたちに国のために死ぬことは素晴らしいことだと教える教師という立場にある。
こう書くと朝ドラヒロインに対するカウンターにも思えるが、のぶの場合、清純派ヒロインであると同時に、性格が強気で男しか参加できないパン食い競争に参加することで、男尊女卑の日本社会に反発する強い女性としても描かれていた。
そんな彼女が進学して教師という職業につき、働く女性として成長していく中で、いつの間にか戦前日本の軍国主義を内面化し、実に自然な流れで「愛国の鑑」となっていたことこそが、現在の『あんぱん』に感じる強い衝撃だ。

のぶの考えが、逆転することが前提の正義(戦前の価値観)として描かれていることは、頭では理解できる。
実際、第9週以降、男たちが次々と物語から退場しており、豪の他にも劇中の男性が出征する様子が描かれ続けている。
何より朝田家に居候して、あんぱんを作っていたヤムおじさんこと屋村草吉(阿部サダヲ)が、軍の依頼で乾パン作りを朝田家が引き受けたことをきっかけにどこかへいってしまう場面が印象的で、平和と自由の象徴だった屋村がいなくなったことで、物語が本格的に戦時下に突入したように感じた。
今後は、戦争が激化する中で生活が困窮し、親しい人間の死が増えていく中で、のぶも蘭子と同じように戦前の日本はおかしいと気付き、自分は間違っていたと後悔し、戦後に新たな人生を再スタートするという流れになるのだろう。
その意味で予定調和の展開だが、「愛国の鑑」と言われ、戦時下の価値観を内面化してきたのぶに、これから起こるショックを想像すると、とても残酷な物語だと感じる。
人は自分の生きている時代の価値観から逃れることはできないし、その価値観の正否を冷静に判断できるようになるのは、その時代が終わってからだ。しかし一方で、時代が変わっても旧時代の亡霊となって彷徨う人々は令和の現代においても珍しくない。おそらく彼らにとっては今の時代のほうが簡単に逆転する正義なのだろう。だから、戦前の価値観に染まったのぶの姿は、とても現代的に映る。
そんな彼女を朝ドラヒロインとして描いただけでも、本作が放送された意義は大きかったと感じる。
■放送情報
2025年度前期 NHK連続テレビ小説『あんぱん』
NHK総合にて、毎週月曜から金曜8:00〜8:15放送/毎週月曜〜金曜12:45〜13:00再放送
BSプレミアムにて、毎週月曜から金曜7:30〜7:45放送/毎週土曜8:15〜9:30再放送
BS4Kにて、毎週月曜から金曜7:30〜7:45放送/毎週土曜10:15~11:30再放送
出演:今田美桜、北村匠海、加瀬亮、江口のりこ、河合優実、原菜乃華、細田佳央太、高橋文哉、中沢元紀、大森元貴、二宮和也、戸田菜穂、浅田美代子、吉田鋼太郎、竹野内豊、妻夫木聡、阿部サダヲ、松嶋菜々子
音楽:井筒昭雄
主題歌:RADWIMPS「賜物」
語り:林田理沙アナウンサー
制作統括:倉崎憲
プロデューサー:中村周祐、舩田遼介、川口俊介
演出:柳川強、橋爪紳一朗、野口雄大、佐原裕貴、尾崎達哉
写真提供=NHK





















