『しあわせは食べて寝て待て』は“絆創膏”ドラマだ 作り手たちの“分かち合い”への祈り

『しあわせは食べて寝て待て』は絆創膏ドラマ

 5月24日に放送された『しあわせは食べて寝て待て』(NHK総合)の最終回直前特番『しあわせは食べて寝て待て〜ありがとうSP』で、主人公・さとこを演じた桜井ユキ、司を演じた宮沢氷魚、鈴を演じた加賀まりこが、視聴者から反響が大きかった2つの台詞について語った。

 第2話、膠原病の症状のため週4日しか働けず、少しでも経済的負担を軽くするために団地に引っ越してきたさとこに鈴が言った、「よく『果報は寝て待て』って言うでしょ。だから、運が巡ってくるときのために、少しでも元気になっていないとね」という台詞。

 そして第4話の、家庭環境や学校での疎外感から将来に夢を持てず、「どうでもいいし」が口癖の高校生・弓(中山ひなの)にさとこがかけた台詞。

「ネガティブな言葉が癖になるとやっかいだよ。言葉につられて気持ちまで落ち込むから。だからね、ネガティブなことを言っちゃったら、こうつけ足すといいよ。『な〜んてウソだけど』とかさ」

 このドラマの根幹をなすと言っていい2つの台詞について、宮沢氷魚が「やっぱり人って弱音を吐きたくなる。弱ってる自分でも、この言葉があれば救われるっていう」と所感を語ったのを受けて、加賀まりこが言った言葉がとても印象的だった。

「絆創膏みたいに」

 まさに、このドラマを言い表していると感じた。『しあわせは食べて寝て待て』は、絆創膏みたいなドラマだ。

 昨今……というか、この10年、20年、ずっと厳しい時代が続いている。出口の見えない不景気、上がらない賃金、上がり続ける物価。世界規模では終わらない戦争と紛争。どんどん不寛容化し、ギスギスしていく社会。

 ドラマは時代を映す鏡だ。本作『しあわせは食べて寝て待て』をはじめ、この1〜2年で傷ついた人たちに寄り添うような、どんな属性の人も自分らしく生きていくことができる、互いに思いやり優しくいられる世界への「祈り」がこめられた作品が増えている。

 本作の裏で放送されている『対岸の家事〜これが、私の生きる道!〜』(TBS系)や、2024年に放送された『ライオンの隠れ家』(TBS系)などは、社会問題を色濃く反映しながら「互助」や「共生」をテーマとしている。

 『しあわせは食べて寝て待て』と同じ小松昌代が制作統括をつとめた『お別れホスピタル』(2024年/NHK総合)では、誰もが避けては通れない「死」と向き合い、終末医療の対象者たちひとりひとりの葛藤を丹念に描き出した。

 2025年1月期に放送された『バニラな毎日』(NHK総合)も、夢だった自分の店の経営に失敗した崖っぷちパティシエと、心に傷を抱えるお菓子教室の生徒たちとの交流を通じて、彼らが互いに背中を押しあい、互いに自分を取り戻す物語だった。

 『しあわせは食べて寝て待て』と共通する部分が多い、こちらも「団地に暮らす人々のゆるやかな共生」を描いた『団地のふたり』(2024年/NHK BS)も大きな話題を呼んだ。

 そんな昨今のドラマの潮流のなかにあって、『しあわせは食べて寝て待て』は最もドラマチックでなく、最も事件の起こらない作品と言えるかもしれない。しかし、最も地に足のついたドラマだ。

 膠原病という、一生のつきあいになる病気を患う38歳の主人公・さとこ。経済的理由で都心のマンションから郊外の団地に引っ越してきて、大家であり隣人の鈴と、その同居人・司と交流することにより、薬膳と出会う。旬のものが身体に良いことはわかっているものの、さとこがスーパーに並ぶ初物の金柑やとうもろこしに「高っ!」と心の叫びをあげるのがリアルだ。値段が下がるのを待ってみたり、米がどこも売り切れで途方にくれるさとこの姿に、これはまさに現代を生きる生身の人間のドラマなのだと思わされる。

 原作である水凪トリによる同名漫画を知らずに第1話を見始めると、「司というイケメンの隣人から薬膳を教わって、さとこの人生が少し上向きになる話かな?」と一瞬思うが、そうは問屋が卸さない。第1話の終わりで司は「そういうことでしたら、(薬膳を)教えられないです」とさとこにピシャリと言う。

 これがこの本作の肝なのだ。司は過去に、同じ団地の持病持ちのお年寄りに薬膳を教えたところ、彼女が薬膳を間違って解釈して病状が悪化し、トラブルになって以来、持病を持つ人に薬膳を教えるのをやめたのだという。

 さとこは仕方なしに自分で本を買い、自力で薬膳を学ぶ。ときには「お隣さん」や「ご近所」からのお裾分けに助けられたりもしながら、生活に薬膳を取り入れていく。病気と体質についてはすぐに良い結果が出るわけではないけれど、回を追うごとにさとこが心の健康を取り戻していくのがわかる。

 この作品の特筆すべきポイントは、「自癒」の大切さがベースに置かれているところだ。薬膳も、ご近所どうしの助け合いも、心強い「手助け」ではあるけれど、一発解決のソリューションではない。結局いちばん重要なのは、「自分で治す力」なのだ。

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