『しあわせは食べて寝て待て』は“絆創膏”ドラマだ 作り手たちの“分かち合い”への祈り

『しあわせは食べて寝て待て』は絆創膏ドラマ

 前半で本作を「絆創膏みたいなドラマ」と書いた。絆創膏が治癒の手助けをしてはくれるが、実際にケガを治すのは人間自身がもつ自然治癒力、自己修復力だ。本作はまさに、病気と減収と前職の人間関係で傷ついたさとこに、優しさと助け合いの団地生活という名の絆創膏が与えられる物語といえるだろう。そしてこのドラマそのものが、さとこという主人公に投影される、傷ついた現代人の「自癒力」の小さな手助け、つまり絆創膏になっていると感じるのだ。

 さとこの前に、司なり鈴なりがスーパーヒーローとして「ジャーン!」と現れて、彼女の人生が激変するという物語ではないところがいい。誰かひとりが救世主なわけではなく、さとこをアシストする人物が多岐にわたって分散している。

 さとこがパート事務員として働くデザイン事務所の経営者で、常に適度な距離感を保ちながらさりげなくさとこを見守ってくれる唐(福士誠治)と、事務所の社員たち。さとこと波長が合って、豆腐やとろろなどの薬膳定食に誘ってくれ、「ネガティブ・ケイパビリティ(自分ではどうにもならないことを持ち堪える能力)」という重要なキーワードを教えてくれた編集者の青葉(田畑智子)。さとこと同じ団地の住人で節約レシピの達人・ウズラさん(宮崎美子)は、過去にSNSのアンチコメントで精神を病んでしまった経験を持つ。

 自らも何かしらに悩み傷つきながら生きるひとりひとりが、少しずつ思いやりと手助けを分けてくれることで、さとこは自分を取り戻していく。そしてさとこも彼らに「お返し」をする。こうした相関図に、本作の作者たちが現代社会に向ける「祈り」が託されている。このドラマで描かれる人間関係を言い表すなら、「互助」よりもさらに柔らかい、「分かち合い」という言葉がしっくりくる。

 さとこが団地に越してきて初めて、誰かの背中を「押す側」になることができた、りく(北乃きい)と八つ頭(西山潤)のカップルと、高校3年生の弓という3人の存在も大きい。

 温泉が出る静かな田舎への移住を一度は夢見たさとこだったが、結局持病を抱えながら地方で生活するのは難しいと悟り、断念する。しかしさとこがつぶさに調べた移住に関する情報をまとめたノートをあげたことをきっかけに、りくと八つ頭は地方への移住を決意。団地に暮らす間は引きこもりだった八つ頭は、りくと共に移住先で人生の再スタートをすると誓った。

 夢を持てなかった弓は、さとこが副業として始めたレンタルスペースを借りにきたことをきっかけに受験勉強がはかどり、団地の住人でイラストレーターの高麗(土居志央梨)と高円寺に遊びに出かけたことをきっかけに将来の夢を見つけ、関西の大学に進学して団地を出ていく。

 老いも若きも、男も女も、健康でも体が弱くても、仕事があってもなくても、人それぞれに悩みは尽きない。そんな団地の住人たちに「踏み出す一歩」が波及していく。さとこは、彼らの背中を押しながら、知らず知らずのうちに自分の背中をも押していたのだ。

 第7話で、鈴がさとこに「今払ってもらっている家賃が(鈴が購入した価格の)300万円に達したら、あの部屋、麦巻さんにあげる」と言い出した。鈴の厚意に甘え切っていいものかと、さとこは悩む。そして団地はすでに築45年。建物は老朽化し、十数年後には建て替えの話も出ている。司はさとこに問いかける。

「いろんな面倒なことを引き受けてまで、ここに住めるかどうか」

 団地も、人間関係も、さとこが抱える病気も、そして人生も同じ。継続して向き合いながら、必要ならばメンテナンスしながら、気長につきあっていく。悪いことは未来永劫続くわけではないけれど、人の命もまた永遠のものではない。その寂しさと尊さが、この作品の奥底に込められている気がしてならない。人生にショートカットはない。だからこそ、1日1日を大切に、できることを少しずつ、コツコツと積み重ねていくしかないのだ。

 「生きづらい」という言葉さえも、もはや聞き飽きたほど苦難の時代にあって、人はいかにしたら幸せになれるのか。ひとりひとりの違いを尊重し、属性を認め合い、少しずつ分かち合いながら「自癒」の力を蓄えていく。『しあわせは食べて寝て待て』で描かれる「ゆるやかな長屋的コミュニティ」を「所詮絵に描いた餅」と切り捨てずに、このドラマを観た人がそれぞれの心の中に宿していけば、世の中はほんの少し、明るくなるのかもしれない。

 5月27日に放送される最終回で、さとこ、司、鈴、そして団地の人々は、それぞれの幸せをどこに見つけるのだろうか。見守りたい。

■放送情報
ドラマ10『しあわせは食べて寝て待て』
NHK総合にて、毎週火曜22:00~放送
出演:桜井ユキ、宮沢氷魚、加賀まりこ、福士誠治、田畑智子、中山雄斗、奥山葵、北乃きい、西山潤、土居志央梨、中山ひなの、朝加真由美
原作:水凪トリ『しあわせは食べて寝て待て』
脚本:桑原亮子、ねじめ彩木
音楽:中島ノブユキ
演出:中野亮平、田中健二、内田貴史
制作統括:小松昌代(NHK エンタープライズ)、渡邊悟(NHK)
写真提供=NHK

関連記事

リアルサウンド厳選記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「コラム」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる