『べらぼう』は“カジュアル時代劇”として未来への試金石に 歴史をエンタメにする意義

歴史をエンタメにする意義を大河を通して再考

 「ありがた山」に「ごぶさた山」。こういう言葉遊びを地口(だじゃれ)と言う。最初はやや違和感のあった地口にも徐々に親しみが沸いてきて、NHK大河ドラマ『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』がめっぽうおもしろいと評判である。

 江戸は吉原育ちの蔦屋重三郎(横浜流星)は天涯孤独の身ながら、いまでいう出版プロデューサーとして身を立てる。吉原のなかでの不文律があり、何かと活動を邪魔されながらも、その都度、機転を利かせて切り抜けていく姿が痛快だ。生来の気性の良さもあり、作家や絵師にも恵まれて、蔦重の本屋「耕書堂」は徐々に人気店となっていく。喜多川歌麿(染谷将太)という天才的な絵の才能の持ち主をパートナーにして、これから吉原を飛び出して日本橋に店を構えてからの展開が期待される。

 大河ドラマは歴史に基づいたドラマのため、どうしても歴史年表を各回さらっていくようになりがちだ。だがそれに対して「大河ドラマはドラマであって年表ではない」(大意)と言ったのは三谷幸喜である(『大河ドラマ名場面スペシャル』より)。これに関してはさらに詳しい発言がかつてあった。

「歴史年表には笑いはないですよね。年表を見て笑える人はよほど感受性の優れた人でしょう。年表のように俯瞰で歴史を見ていては、表情も何も見えないけれど、目線を下げていくとその時代に生きていた人たちの顔が見えてきて、言葉が聞こえきて、息遣いを感じることができる。人間だから泣いたり怒ったりもするし、笑いもしたはず。一生懸命ゆえの滑稽さもある。信繁はもちろんですが、信繁と家族、信繁と関わる武将たち、登場人物一人ひとりを人間らしく描いていきたい」(※1)

 言われてみればそのとおり。歴史年表のおさらいだと、知っている人にとっては知っていることの再確認ができるが、逆にわかりすぎて粗が見えることもある。また、知らない人にとっては知らないことを知ることができる楽しみもある一方で、知らないことに対するストレスもある。そんなことより、オリジナリティあふれる物語が観たい。

 『べらぼう』のチーフディレクター大原拓は、大河ドラマの第一作から関わってきた父・大原誠から「大河は歴史ドラマだけれどエンターテインメントだからね」と聞いていたと言う。自身も「エンタメ」であることを意識しているそうだ。(※2)

 もともと時代劇には「時代もの」と「世話もの」があり、前者は歴史を扱ったもの、後者は庶民の物語である。NHKだと大河が時代もの、BS時代劇が『あきない世傳 金と銀』シリーズなどのような「世話もの」に棲み分けされていたような印象がある。『べらぼう』は大河ドラマで世話ものに本格的に向き合った作品と言えるかもしれない。

 『べらぼう』は歴史のしがらみから解き放たれ、自由な生き生きした人間ドラマになっている。例えば、第18回、平沢常富/朋誠堂喜三二(尾美としのり)の男性機能が低下し、悩むあまり、男性機能が大蛇になって、それをいね(水野美紀)が刀でぶった斬るという夢を見るエピソードは落語の世界のようだった。それが平沢の作品のきっかけになるのだ。番組の最初に「番組の一部に性に関する表現があります」というお断りテロップが入り、それがこの艶笑かと思ったら、そのあと、唐丸こと歌麿が男性に体を売って生きてきたという話が生々しく痛々しかった。そこまで描かずとも……とも思ったが。当初から吉原の遊女の悲劇を描いているし、庶民の生活に欠かせない風俗業のいわゆる光と影のなかでもがきながら生きている人たちの悲喜こもごもは物語としては見応えがある。蔦重との純愛を貫いた瀬川(小芝風花)やはみ出し者の奇才・平賀源内(安田顕)らは、ある種の裏社会・アンダーグランド・吉原のなかで生き抜こうとした。

 舞台は江戸中期で、武士や貴族のみならず、市井の者たちが力を発揮していた時期。武士や貴族が自分たちのために残した記録だけでなく、民衆の物語が生まれた時代である。だからこそ『べらぼう』は「ザッツ・町人・蔦重」とその仲間たちの物語が成立する。江戸中期は戦国時代のように有名な歴史的な事件が目白押しでもない。とりわけ今回、江戸の遊郭とその細見というカタログから派生した娯楽出版物を作る者たちのお話には新規性もある。

 『べらぼう』の脚本家・森下佳子の筆が乗ってきているのを感じるのは、第19回の「ああいうのが大奥で毒盛ったりするんだろうな」という蔦重のセリフだ。瀬川が去って世代交代している吉原。近頃の売れっ子・誰袖(福原遥)は蔦重に夢中で、身請けをしてほしがっている。父・大文字屋市兵衛(伊藤淳史)が倒れて伏せっているとき、無理やり遺言を書かせ、それが蔦重が500両で身請けを許可するという内容だった。蔦重にはその気がなく無視するが、遺言を書かせた誰袖のこわさに「ああいうのが大奥で毒盛ったりするんだろうな」とぼそっとつぶやく。人間の業の深さを身を以て知っている蔦重。それに大衆向けの通俗本を出しているから、大奥スキャンダルの噂話には聡いのだろう。

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