大九明子が描く“むき出しの存在感” 『今日空』まで持ち続けている作家性

『勝手にふるえてろ』(2017年)にも似たような場面があった。松岡茉優演じるヒロイン・ヨシカが10年恋してきた憧れの相手・イチと対面したとき、彼はひたすらヨシカのことを「君」と呼び続ける。イチは「人のこと『君』って呼ぶ人なの?」 という問いかけに相手からの返答は残酷なものだった。
「ごめん、君の名前、何?」
大九明子監督の作品はどれもこれも、名前すら記憶されない者たちのたしかな“むきだしの存在感”をくっきりと捉えていく。『勝手にふるえてろ』の最後でヨシカが「二」(イチの次に好きな人だから2)から「相手に全部むきだしでしなだれ掛かるのはよくないよ」と諌められるほどに。
こうした生の存在感を漲らせているのはなにも人間だけではない。大九作品においてはさまざまな事物さえもが確固とした輪郭を持ってその存在を主張している。『今日空』は紛れもなく大九の集大成となった一本だが、ほかの作品を活性化していたそれらのモチーフがここに勢揃いしていることを指摘しておきたい。
たとえば音。『今日空』は冒頭の開かれる扉の音から、雨音、テレビのボリューム、束の間インサートされる飛行機の轟音、ラストに流れるスピッツの「初恋クレイジー」に至るまで音の存在感があまねく支配する作品だったが、映画館で観なければ味わえないような鋭い音の演出も大九作品の特徴だった。のんが主演を務める『私をくいとめて』(2021年)もまた飛行機の轟音によって観る者の耳を生理的に刺激してゆく。

あるいは木々。『今日空』は、その舞台となる大学正門の大木や屋上に聳える小さな樹木の存在感をすばらしく豊かに捉えていた。バカリズムが脚本を手がけた『ウェディング・ハイ』(2022年)のラストも思い出そう。事件が解決し、主人公を務める篠原涼子が木製のブランコに乗って自身の来歴を回想するとき、その背景にはバカリズムの卒なくできたシナリオの均衡を崩すほどの豊かな一本の太い幹が据えられていた。まるでジョン・フォードの世界に迷い込んだようではないか。
そして死。大九はデビュー作のタイトル『意外と死なない』(1999年)に端的にあらわれているように、これまで意外と大丈夫でなんとかタフに生きてゆく現代の女性像を巧みに切り取ることが多かった。しかし『今日空』はひとりの登場人物の死を重要なモチーフとして扱っている。名付けられぬものとしての死そのものがここには偏在し、ドラマを突き動かしているのだ。大九自身が脚本を手がけたわけではないが、その監督した中編『ただいま、ジャクリーン』(2013年)がバスの事故によって両親を失った2人の幼い男女が生きてゆく物語だったように、本作も身近な人間を喪った者たちがそれでも、生きていこうとする物語だと言えるだろう。
「[死んだ人も]みんなしっかり、おるねん。心の中とか、そんなんじゃなく。私がおる限り」という河合優実のセリフをどうか聞き逃さないでほしい。「私がおる」限り、あの人はいつまでもギターを弾き続ける。「倍音そうる」を、「月の光」を、「初恋クレイジー」を。永遠に。
■公開情報
『今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は』
全国公開中
出演:萩原利久、河合優実、伊東蒼、黒崎煌代
監督・脚本:大九明子
原作:福徳秀介『今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は』(小学館刊)
製作:吉本興業、NTT ドコモ・スタジオ&ライブ、日活、ザフール、プロジェクトドーン
製作幹事:吉本興業
制作プロダクション:ザフール
配給:日活
©2025「今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は」製作委員会
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