『いつかは賢いレジデント生活』が現代人に求められる理由 痛みを知る人の言葉の重み

『賢い医師生活』シリーズは、「劇中で表現される“現実”では、すべての厄介な争いと競争が排除され、担うべき任務だけに注力する極めて充実した日常」と評されるシン・ウォンホP.D.の演出力が生きた個性豊かなキャラクターが持ち味で、彼らや彼女らが抱える悩みや仕事観、友情と恋愛模様といったパーソナルな世界に多くの視聴者が引きつけられた。ただ、『いつかは賢くなるレジデント生活』に限っては、韓国の研修医をめぐる現実の混乱の影響は少なくなかった。

2024年2月、韓国政府が打ち出した医師不足解消のための大学医学部の入学定員に反発し、研修医たちが大規模ストライキを始めた。その結果、多くの医療現場で医師不足を招き、国民は彼らに反発する。そもそも韓国社会では、医師は既得権益を持つエリートだ。当時の韓国政府の当局者の中には、この集団行動は自身のパイを失いたくない研修医のわがままと詰る意見もあった。
一方現場からは「ただ定員を増員すれば問題解決するわけではない」という悲痛な声も上がった。大ヒットドラマ『トラウマコード』でチュ・ジフンが演じた外科医ペク・ガンヒョクのモデルとされている業界のアウトサイダー、イ・グクジョン教授も「急激な医大定員増員が根本対策にはなれない」と、痛烈にユン政権の政策を批判した(※2)。一般大衆と医師たちとの分断が深まる結果となった中、『いつかは賢くなるレジデント生活』は無期限延期となった。
制作発表会でシン・ウォンホは、「僕たちが心配したのは、若者たちのこのような素敵な物語が、他の理由で歪んで見えることだ」とし、それでもあらゆる批判は甘受すると結んだ(※3)。懸念はしたようだが、制作姿勢の真心は十分に伝わっているのではないかと思う。危篤状態に陥った母をたった1人で看取る少女に、イヨンが大切な人の死を教えるため語りかけるシーンがある。彼女もまた中学の時に母を失っていて、自身の経験から、「これからはしっかりしてね。ちゃんと勉強して頑張って」と、幼くして親を亡くす子供に周囲の人が無意識にかける“励ましの言葉”が本人にとってどれほどプレッシャーであるか、どんなに無責任かそれとなくほのめかす。「お母さんが死ぬと胸に大きな穴が空いてしまう。今もそう。だから我慢せず、悲しい時は隠れて泣かないで。自分に素直になって」と手を握るのだった。

『賢い医師生活』制作当時、シン・ウォンホは「“こんな医者がどこにいるのか”というコメントをたくさん見た。ファンタジーかもしれないが、視聴者たちが観ながら『私もいい人たちと一緒にいれたなら』と感じて、そして『私もいい人にならなきゃ』と思わせるのが目標だ。世の中のみんながみんないい人だったらいいのに、というのが私のファンタジーだ」(※4)と語っていた。冷酷な現代社会を反転して理想を見せ、より良い生き方の道標になることもまた、フィクションの重要な役割に違いない。『いつかは賢いレジデント生活』は、「社会に第一歩を踏み出した主人公たちがつまずきながら成長していく物語」(※5)だ。イヨンが少女にかけたように、失敗の痛手や人生の痛みを知る人だけが持つ言葉を、同じく七転八倒し、壊れて傷ついた人に渡していく姿を見せる本作は、たしかに存在意義がある。
参考
※1、5. https://www.donga.com/news/amp/all/20250408/131371703/1
※2. https://www.chosun.com/national/welfare-medical/2025/04/15/A6HWG3JWXRH47GVHBX45XH3MK4/?outputType=amp
※3. https://kstyle.com/article.ksn?articleNo=2259185
※4. https://www.hani.co.kr/arti/culture/culture_general/948445.html#ace04ou
■配信情報
『いつかは賢いレジデント生活』
Netflixにて配信中
出演:コ・ユンジョン、シン・シア、カン・ユソク、ハン・イェジ
演出:イ・ミンス
脚本:キム・ソンヒ
クリエイター:シン・ウォンホ、イ・ウジョン
(写真はtvN公式サイトより)






















