【ネタバレあり】坂元裕二が描く“2つの世界” 『片思い世界』『ファーストキス』を紐解く

坂元裕二が描く“2つの世界”を紐解く

 坂元裕二が描く近年のライトコメディは、“元夫婦・元恋人が関係を再構築する”というプロットが非常に多い。

 2年間の結婚生活を経て離婚した光生(永山瑛太)と結夏(尾野真千子)が、なんだかんだで再婚を意識するようになる『最高の離婚』。3度の離婚歴がある主人公・大豆田とわ子(松たか子)と、最初の夫・八作(松田龍平)、2番目の夫・鹿太郎(角田晃広)、3番目の夫の慎森(岡田将生)と不思議な連帯を築く『大豆田とわ子と三人の元夫』。

 直(阿部サダヲ)と円(松たか子)の元恋人同士が、検事と弁護士という立場で対立する『スイッチ』(テレビ朝日系)。そして、離婚の危機を迎えていた2人が、タイムスリップを経て新しい夫婦関係を再構築する『ファーストキス』も、そのラインを踏襲している

 坂元裕二のもうひとつの系譜……社会派ドラマでは、貧困やネグレクトといったテーマを主題にして、社会の周縁にいる人々を活写し続けてきた。母親からの虐待に耐える怜南(芦田愛菜)と、彼女を救い出そうとする奈緒(松雪泰子)の逃避行を描く『Mother』。2人の子供を育てるシングルマザーの小春(満島ひかり)が、生活保護を受けられず困窮し、やがて難病を患ってしまう『Woman』。

 一見SFチックな『片思い世界』も、幽霊=他者からはそこにいることすら見えない人々、社会から見放された人々、つまり社会の周縁にいる人々の暗喩と考えると、社会派ドラマの系譜に連なるものと考えられる。広瀬すず演じる美咲が、給食費も払えない家庭という設定なのは、そこに貧困というテーマも組み込まれているからだろう。さくらが自分たちを殺した殺人犯の増崎(伊島空)に対峙する展開は、『それでも、生きてゆく』(フジテレビ系)にも近似している。

『片思い世界』©︎2025『片思い世界』製作委員会

 坂元裕二の軽快なライトコメディ路線は『ファーストキス』、ハードな社会派ドラマ路線は『片思い世界』に受け継がれている。そして構造的にも、2つの映画はよく似ている。どちらも、過去/未来、この世/あの世という2つの世界を通して、主人公が自分の居場所を見つける物語だ。ある意味でこの両作品は、裏表のような関係。そしてその2つの世界を繋ぐ存在として登場するのが、ムーンライダーズの鈴木慶一である

 『ファーストキス』では、駈が注文していた本をカンナに「餞別だ」といって渡す古書店の店主役。『片思い世界』では、周りから認識されないはずの美咲たちを見守っているかのように、陽気に演奏を続ける謎のストリートミュージシャン役(メンバーがまんまムーンライダーズ!)。おそらく彼は、この世とあの世の両方に存在しているのだろう。異なる宇宙を繋ぎ、異なる映画を繋ぐ老賢人として。

『ファーストキス 1ST KISS』©2025「1ST KISS」製作委員会

 2024年に大ヒットした映画『ラストマイル』は、脚本家の野木亜紀子が手がけたテレビドラマ『アンナチュラル』(TBS系)と『MIU404』(TBS系)と世界観を共有させることで、明快なシェアード・ユニバースを構築していた。一方『ファーストキス』と『片思い世界』に直接的な相関関係はないものの、2つの世界を描くという相似的構造を有していること、坂元裕二の二大路線を引き継ぐ作品であることで、緩やかな連関を表している。そんな坂元シェアード・ユニバースの象徴として、鈴木慶一は存在しているのではないか。

 40年近くにわたって、テレビドラマ界を牽引してきた坂元裕二。『花束みたいな恋をした』、『怪物』を経て、彼はいま映画界でも重要なキーパーソンとなっている。もはや坂元裕二自身が、テレビと映画という2つの世界を繋ぐ存在なのだ。『ファーストキス』と『片思い世界』という2つの映画が、そのことを高らかに示している。

■公開情報
『片思い世界』
全国公開中
主演:広瀬すず、杉咲花、清原果耶、横浜流星、小野花梨、伊島空、moonriders、田口トモロヲ、西田尚美
脚本:坂元裕二
監督:土井裕泰
配給:東京テアトル、リトルモア
©︎2025『片思い世界』製作委員会
公式サイト:kataomoisekai.jp
公式X(旧Twitter):@kataomoi_sekai

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