『地震のあとで』かえるくん役はのんだから成立? 井上剛監督が“天災”を描き続ける理由

かえるくん役は「のんがゼッタイ! 面白い」

――かえるくんの声はのんさんが担当しています。「この手があったか!」と驚いたのですが、のんさんの起用はすぐに思いついたのですか?
井上:意外とすぐでした。もちろん悩みましたが、「もういい、のんでいい!」みたいな感じで決まりました(笑)。「のんでいい」ってのは「のんがゼッタイ! 面白い」ってことなんですけれど、ここでのんさんが出てきた方が観ている人たちもきっと納得してくれると思ったんです。かえるくんって一つの希望で我々の化身みたいなところがあって、東京を救うという使命感に燃えているじゃないですか。それを、のんさんに託したんですよね。「彼女ならできる」って自分にも言い聞かせながら。
――のんさん、素晴らしかったです。小説を読んでる時は、かえるくんってもっとおじさんみたいな声を想像していたのですが、ドラマを観た後だと、かえるくんの声はのんさんの声でしか再生できなくなってるんですよね。だからイメージがガラッと変わったんですけど、今となっては、これしかないって思いが自分の中にあって。
井上:のんさんは使命感に燃えてやってくれましたね。かえるくんの芝居が一番難しかったんですよね。のんさんは現場にはいなくて、かえるくんの中に入っている人はディズニープラスで配信されたドラマ『ガンニバル』で“あの人”を演じた澤井一希さんで、ものすごく身体能力が高い方なんですよ。
――のんさんは吹き替えなんですね。
井上:澤井さん自身はかえるくんの着ぐるみの中に入っているので現場で台詞はしゃべれないんですよ。だから現場でお芝居する声のガイドとして望月めいりさんがスタンドインでやってくれています。台詞を読んで佐藤浩市さんと掛け合いをしてもらって、その台詞はもともと、のんさんに読んでもらったものを望月さんに聞いてもらい、喋ってもらいました。ただ、生身の人間が演じるわけだから望月さんとかえるくんの中に入っている澤井さんと佐藤浩市さんで芝居も刻々と変わるわけじゃないですか。だからその撮影した映像を、今度はのんさんが観て改めて声を当てている。台詞も脚本の時とは多少変えています。
――何往復もしてるんですね。地下の映像も素晴らしかったです。
井上:あれは神戸です。神戸市にすごく長いトンネルがあるんですよ。冒頭のトンネルのシーンにも使われていますが、撮影の時は奥にある闇深いところに佐藤浩市さんも40分くらい歩いて行って、みんなで機材を持ち込んで、ずっと暗闇の神戸の地下で撮っていました。神戸の地下にトンネルがあると知った時は絶対に撮りたいと思いました。
――それこそ『あまちゃん』に繋げたくなってしまうのですが(笑)、トンネルに対する思い入れは何かあるんですか?
井上:特にないんですけどね。陳腐な表現かもしれないですけど、異界の入り口みたいなことがあるのかもしれないですね。「あっちに抜けると何が見えるんだろう?」みたいな。想像させる道だから惹かれちゃうのかもしれないですね。
――井上さんの作品はリアルから始まってファンタジーへ向かうというイメージが強いので、逆にファンタジーの側からアプローチしたら、どういう作品になるのか気になります。
井上:確かに。今度はファンタジーからリアルへ、トンネルを逆方向に行ってみます。
『地震のあとで』の“わからなさ”を楽しんでほしい

――井上さんはNHKを退社されて現在フリーですが、なぜ退社されたのですか?
井上:そんなに大げさな理由はなくて。これまでNHKでやってきたけど、世界は広いので他の所でやってもいいんじゃないかと思って。NHKだとテレビしかできないのですが、外に出たらやろうと思えば何にでもチャレンジできる。「だから今、外に出ていかないと」と思ったのが一番大きな理由ですね。長くいたことで自分の中に色濃くNHKの言語がこびりついていて、それはすごく宝なんですけど、もう少し違う言語も習得しないといけないんじゃないかなと思ったことも大きいです。
――フリーになったのに、NHKでドラマを撮っているのが面白いですね。
井上:ほんとに。NHKの懐の広さにただただ感謝です! この間ラジオドラマを収録したのですが、実はこれもNHKで(笑)。「何で外に出たのにまたNHKでやってるの?」っていうのは自分でも思うのですが、NHKにいたらラジオドラマをやりたいとは思わなかったと思うんですよね。外に出てはじめて面白いと思ったメディアがあって、それがラジオだったので、じゃあやってみようと思いました。
――今回の『地震のあとで』はフリーになったことで生まれた作品だと思いますか?
井上:どうなんですかね。NHKにいたらドラマ枠に合わせた企画を求められたと思うし、フリーになったことで出会えた人たちとの仕事なので、その意味では辞めたからこそ出てきた企画かもしれない。
――『地震のあとで』は、近年では珍しい挑戦的なドラマですよね。観ている側の方が試されているというか。
井上:そうですね。こういう作品は最近では珍しいかもしれない。
――今のドラマは考察ブームなので、映像の解釈や謎解きで盛り上がると思うんですよ。ただ考察ドラマと違って、答えが用意されているわけではないので、最終的な答えは自分で出さないといけない。
井上:答えがわかる方向に導くのが、普通のドラマや映画なんですけど、このドラマは〈問い〉しかないんです。こういう物語はドラマにはあまりなくて。さらに、ドラマの〈問い〉は答えに向かうための仕掛けとして機能するものですが、村上春樹さんの〈問い〉はいわば人々の心の迷宮に入っていくための仕掛けなので、そこが大きく違う。
――それこそ中身のわからない箱が、そっと置いてあるような作品ですよね。
井上:第1話を観てわからなくても、他のエピソードが引っかかるということもあると思いますので、この「わからなさ」を楽しんでほしいです。
■放送情報
土曜ドラマ『地震のあとで』
NHK総合にて、毎週土曜22:00~22:45〈全4話〉
出演:岡田将生、鳴海唯、渡辺大知、佐藤浩市、橋本愛、唐田えりか、北香那、吹越満、泉澤祐希、黒崎煌代、渋川清彦、黒川想矢、木竜麻生、津田寛治ほか
制作統括:訓覇圭、樋口俊一、京田光広
原作:村上春樹 『神の子どもたちはみな踊る』より
脚本:大江崇允
音楽:大友良英
演出:井上剛
写真提供=NHK




















