村上春樹の短編をなぜ連続ドラマに? 『地震のあとで』に井上剛監督が込めた“日本の30年”

『地震のあとで』監督インタビュー【前編】

 NHK土曜ドラマ『地震のあとで』は、村上春樹の連作短編集『神の子どもたちはみな踊る』(新潮社)が原作の全4回のドラマだ。

 小説は阪神・淡路大震災と地下鉄サリン事件の起きた1995年を舞台としているが、ドラマでは、1995年の出来事を描いた第1話「UFOが釧路に降りる」以降の時代設定が変更されており、第2話「アイロンのある風景」は東日本大震災の起きた2011年、第3話「神の子どもたちはみな踊る」は新型コロナウイルスのパンデミックが起きた2020年、そして第4話の「続・かえるくん、東京を救う」は、現在(2025年)を舞台にした物語に脚色されている。

 監督を務めたのは井上剛。井上は、NHK連続テレビ小説『あまちゃん』では東日本大震災を、NHK大河ドラマ『いだてん~東京オリムピック噺』では関東大震災を描き、NHKドキュメンタリー&ドラマ『不要不急の銀河』ではコロナ禍を描いている。

 ドラマの中で繰り返し地震や天災を描いてきた井上にとって、今回の『地震のあとで』は集大成と言える作品で、本作を通して1995年以降の30年を振り返っている。

 なぜ彼は繰り返し天災を描くのか? リアルだがファンタジックな映像が生まれる理由、謎に満ちた村上春樹の小説の映像化にどのようなアプローチで挑んだのか。(成馬零一)

タイトル『地震のあとで』に込めた思い

――『地震のあとで』は村上春樹さんの『神の子どもたちはみな踊る』が原作です。この作品をドラマ化することになった経緯について教えてください。

井上剛(以下、井上):阪神・淡路大震災から15年が経った2010年に『その街のこども』(NHK総合 のちに映画)を作ったのですが、実はその時に指針としていたのが『神の子どもたちはみな踊る』だったんです。

――もともと縁のある小説だったんですね。

井上:震災を直接描くというよりは、そこから距離を置いた人々の話だったので、このアプローチなら自分にも作れるかもと傲慢にも思い、バイブルとして手元に置いていました。『その街のこども』を作って、今年で15年が経つのですが、毎年のように阪神地方の映画館で上映いただいていて。舞台挨拶に行き、みなさんの受け止め方が時間と共に変わっていくのを感じまして、「終わらせていいのだろうか?」と思ったんです。阪神・淡路大震災の後も東日本大震災もあって、日常の中で天変地異が起きることを毎年のようにみなさん経験していると思うんですけれども、そのことに対しても何らかの形で描かないといけないなという気持ちがありました。それで、神戸から30年という年に「『その街のこども』の続きとなるような作品をやらないといけないんじゃないか?」と『拾われた男』(NHK・ディズニープラス)のプロデューサーだった山本晃久さんに相談したんです。すると、彼から『神の子どもたちはみな踊る』を映像化したらどうかと提案してくれて。

――小説は1995年の話ですが、ドラマ化にあたって1995年以降の時代を描くという脚色が施された理由を教えて下さい。

井上:「この30年は何だったのか?」ということを重く受け止め、1995年以降の時系列を加えました。ただ、あくまでさりげなく見せたいと思いました。強調はしたいけどあまり限定したくないというか。この30年という時間を描きたかったので、その中であえて節目を言うならばこの時だったよな、という見せ方にしました。

――タイトルを『地震のあとで』としたのは、この30年の日本を描くためですか?

井上:原作の海外タイトルが『after the quake』なのですが、「after(あとで)」の部分に引っ張られたんですよね。この30年の歴史が、たとえば大きな震災や災厄のアフターであると同時に、それは次なるなにかのビフォアー(before)でもあったということを感じられる30年だったような気がして。「次はなにが来るんだ」という予兆をはらんだものにしたかった。タイトルは「あとで」ですが「なにかの前でもある」という意味も込めています。

――原作小説には今回映像化されなかった「タイランド」と「蜂蜜パイ」という短編がありますが、こちらの映像化は考えたのでしょうか?

井上:どちらもやりたかったので、すごく悩みました。まず「蜂蜜パイ」は45分に収めるのが無理だと思って諦めました。ただ、あそこに書かれている新しい物語を作るんだというテーマは、受け止めて作りました。「タイランド」で描かれていることもすごく大事なテーマですが、今回は日本の国土に焦点を当てたほうがいいと考えました。

――村上春樹さんの小説は文字の中で完璧に成立している世界なので、映像化はとても難しかったと思います。

井上:そこは一番悩んだところです。村上さんが書いている話は意識下の話も多く、文字なら読者の想像に委ねることができますが、映像として見せるとなると「どういう画にすればいいんだ?」と悩みました。メタファーと意識下の世界、マジックリアリズム的な話の面白さは、自分がこれまで映像化したことがないことばかりだったので悩んだのですが、そこをやらないとこの作品にはならないですし、ドラマを観終わった後で、映像体験として持ち帰ってもらえる新たなイメージを作らないとだめだと思い、トンネルの描写にはこだわりましたし、赤い廊下が出てきては曲がったり、箱が出てきてはその箱が不思議に変容したりといったメタな映像表現に挑戦しています。

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