『セブン』を2025年に観ることの意味を考える リアリティを増す作品の世界観

『セブン』を2025年に観ることの意味

 ジョン・ドゥの用意した仕掛けは、荒野にあらかじめ時間指定で配達を手配して、ミルズの妻トレイシー(グウィネス・パルトロー)の首を届けさせるというものだ。ジョンは事前にミルズの自宅を訪ね、トレイシーを殺害していたのである。独り身で神の仕事を進めていた彼は、ミルズの家庭に嫉妬の念を感じてしまったのだと言う。自分もまた罪人として死を受け入れるつもりなのだ。

 公開後よく都市伝説のように噂されたのが、この一連の描写のなかで、「トレイシーの首を見た」と記憶している観客が多いということである。だが劇中では、彼女の首が映っている場面は存在しない。この謎の記憶を一定数の観客が持っているというのは不気味なことだ。

 とはいえ、この事象については一応説明はつく。この後のシーンでミルズが怒りに駆られ、ジョンを射殺するかどうか葛藤するシーンにおいて、一瞬トレイシーの顔が回想として映し出されるのである。おそらくは、「配達された箱に首が入っている」という情報と、このインサートされる顔のイメージが重なることで、「トレイシーの首を見た」という、存在しない記憶が後に生まれたのではないだろうか。この現象は、人間の記憶の不確かさやその生成過程が垣間見えるという意味で興味深い。

 物語は、ミルズがジョンの計画通り、ジョンを撃ち殺すという選択をすることで幕が降りる。常軌を逸した殺人者が勝利するといった、非常に苦い結末である。筆者は、この一般的な解釈に対して、映画評論家として活動する前に、このラストについて異なる解釈があり得ることをブログで発表している。

 ミルズは、妻が殺害されたことを知ると、ジョンに銃を向け、葛藤を始めることになる。悲しみの表情と怒りを含んだ復讐の表情が交互に現れるといった、ブラッド・ピットの演技が素晴らしい。そのままミルズがジョンを撃てば、ジョンの勝ちということになる。だが前述した通り、そこでトレイシーの顔がミルズの脳裏によぎるのである。その直後、彼は迷いなく引き金を引く。

 このときまでミルズは、自分の怒りと理性とを闘わせていたはずだ。トレイシーの顔が浮かんだことで、その針が最終的に「怒り」に振れたと考えることができるだろう。しかし、彼は本当に「理性」を投げ捨てて敗北したのだろうか。

 もともとミルズは直情的な性格だが、劇中で示されているように、妻に対して思いやりを持った行動をとることができる人間だ。彼は自分自身との葛藤のなかで、殺害された妻の苦しみや無念に思い至り引き金を引いたのではないか。撃つという行為が、自分のためではなく妻のためのものであり、すすんで罪を引き受けようとするものなのだとすれば、「怒り」を断罪することで殺人を完成しようとしたジョンの方が、最後の最後で敗北したという見方もできるのだ。まさにジョンの土俵である“神学論争における勝利”である。ジョンはその可能性に気づかずに死んだのだろうが。

 そしてラストシーンは、サマセットの心の声で締められる。ヘミングウェイの著作の引用である、「世界は美しい。戦う価値がある」という一節を思い出し、「後の部分には賛成だ」と語るのだ。この世は醜いことがあまりにも多いが、戦う価値はあるという認識に至ったのである。

 もともとサマセットは、ひどい事件ばかり起こる社会に対して厭世観をおぼえ、仕事にやりがいを失っていた。そして、ジョンを犯行に導いた感情を、一部共有していたようにも思える。だからこそ彼は、犯人の行動や理念を読むことができたのではないのか。しかし、ジョンの選択が、決して社会を良くするものではないことも知っている。それよりも、ミルズが最後に見せた“人間性”こそが、悪徳と狂気の社会に対抗する姿勢だったのではないか。そう解釈すれば、サマセットの最終的な感情も自然なものになるだろう。

 デヴィッド・フィンチャーが、どのような意思で、一瞬のカットを挟んだのかは定かではないが、作品は発表された瞬間、作者の手を離れることは事実。作品をアートとして考えるならば、作品の内容から生まれるさまざまな解釈は、作者の意図を超えて作品世界をより豊かなものにしてくれるはずだ。そんな奥深さが、『セブン』という作品にはあるのだ。

 どちらの解釈にせよ、この物語は、おそらく1990年代よりも人々の倫理観が揺るがされている現代に生きるわれわれにとって、さまざまなことを考えさせる題材には違いがない。倫理観の欠如が国家や政治、一般市民にまで大きく広がり、「この社会には救いがない」とする本作の世界観は、リアリティを増していると思える。そして現実の世界で、予想を超える悲劇は今後も起きるだろう。だが、「戦う価値はある」という、本作の結論だけは信じたいものだ。

参照
https://www.moviecollection.jp/news/202933/

■公開情報
『セブン 4K版』
期間限定IMAX上映中
出演:ブラッド・ピット、モーガン・フリーマン、グウィネス・パルトロウ、ケヴィン・スペイシーほか
監督:デヴィッド・フィンチャー
製作:アーノルド・コペルソン、フィリス・カーライル
脚本:アンドリュー・ケビン・ウォーカー
撮影:ダリウス・コンジ
配給:ワーナー・ブラザース映画
IMAX® is a registered trademark of IMAX Corporation. ©1995 New Line Productions, Inc. All rights reserved.

関連記事

リアルサウンド厳選記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「作品評」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる