デヴィッド・フィンチャー監督『ザ・キラー』を徹底考察 ラストシーンは何を意味する?

『ザ・キラー』徹底考察

 「殺し屋」を職業にしている人物は、娯楽映画において数限りなく登場してきた。おそらくは多かれ少なかれ実際に存在していて、たぶんどこかで暗躍しているのだろうが、ほとんどの人は殺し屋に会ったことがないのではないか。もし会うときがあったとしても、それが自分の人生の終わりの瞬間になるかもしれない。まるで、幽霊や死神のようなものではないか。だからこそ、殺し屋には一種のロマンが漂っているといえる。

 そんな「殺し屋」という存在を突きつめて描く映画が、デヴィッド・フィンチャー監督の『ザ・キラー』である。フランスのグラフィックノベルシリーズを原作に、フィンチャー監督との仕事を続けてきた脚本家アンドリュー・ケヴィン・ウォーカーが、『セブン』(1995年)以来、正式にタッグを組んで脚本を務めたことでも、本作『ザ・キラー』は話題だ。ここではそんな作品が、いったい何を描いていたのかを、できる限り深いところまで読み取っていきたい。

 フィンチャー監督はNetflixとの4年間の独占契約を結んでいるが、本作の製作自体は、ブラッド・ピットの「プランBエンターテインメント」でおこなわれている。ブラッド・ピットが出演した『セブン』との繋がりが、さらに色濃くなっているが、本作で主演をオファーされたピットは、自分のキャラクターと異なるという見解を示し、役を断っている。そこで主役の“キラー”をマイケル・ファスベンダーが演じることになったのだが、さすが寡黙でシリアスな印象を放ってきたファスベンダー。この役柄にぴったり合っていると感じられる。

 しかし本作の内容は、さまざまな意味でシブいところに着地していて、やや難解なものともなった。このように殺し屋という存在を抽象的に捉え、哲学的なテーマへと繋げていく作品といえば、ジム・ジャームッシュ監督やスティーヴン・ソダーバーグ監督などの映画が思い出されるが、本作はまさにそのフィンチャー版といった風情。暗くスタイリッシュな映像で、主人公キラーの殺しの旅が、ときおり挟まれるモノローグとともに描かれていく。

 物語は、廃墟化したオフィスにキラーが何日間も張り込み、向かいの建物に殺しのターゲットが現れる瞬間を待っているところから始まる。キラー自身は無口ではあるが、モノローグとして表現される心の中は、むしろおしゃべりですらある。彼の殺しのスタイルや、思想的な部分が、張り込みの地味な映像とともに、彼自身の語りによって紹介されていく。

 娯楽作においてモノローグが多用されるというのは、観客には確実に好まれないスタイルではある。とくに殺し屋が活躍するような映画を楽しみたい観客は臨場感を欲している場合が多いが、いちいちモノローグが差し挟まれることで、作られた映像作品であることが意識され、没入が阻害されてしまうことになる。しかし原作のグラフィックノベルを実際に読んでみると、確かにほとんど主人公の心の声で構成されていて、ジャンルは異なるが、独り言ばかりで構成される日本の漫画『孤独のグルメ』に近い作風なのである。

 もともと漫画『孤独のグルメ』は、大人の男が食事をするという行為を、いささか時代遅れだと思われているハードボイルドの文脈で描くという趣向がユニークだった。だから主人公が殺し屋である本作は本家というか、ハードボイルド小説そのものといえるのだ。とはいえ、『孤独のグルメ』がユーモアに転化してしまっているように、大人の男が殺し屋としての自分のスタイルや美学を述べていくような演出は、滑稽なナルシシズムだと受け取られかねない。

 本作をある種のコメディだと受け取った観客が少なくないというのは、おそらくここに起因していると考えられる。とはいえ、原作そのものは至ってシリアスな内容だということを考えれば、本作自体をシュールなコメディだと認識し過ぎてしまうと、作り手の本意が読み取りにくくなってしまうだろう。確かに、劇中でキラーは何度もミスをおかし、窮地に陥ることも少なくないが、それはコメディ表現を意識したというよりは、むしろリアリティを重視した結果だともいえないだろうか。

 われわれは、スマートに殺しをおこなうスタイリッシュな殺し屋を、映画のなかで見過ぎてきた。だが実際に、そこまで冷徹になりきって、仕事としてスムーズに殺人を続けることができる人物など、現実にはそれほど存在してこなかったのではないか。むしろ、極度の緊張状態のなかで、いろいろと抜けた行動をしてしまったり、ときに精神的にまいってしまう、本作のキラーのような殺し屋こそが、本物の殺し屋像に近いと考えられるのではないだろうか。やはり劇中でティルダ・スウィントンが演じている殺し屋が「私にこんな仕事ができるなんて思っていなかった」と言っているように、現実に存在する殺し屋は、われわれの地続きにあるはずなのだから。

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