『関心領域』が2024年の重要作となった理由 A24が描く“戦争映画”の新たな地平

『関心領域』“見せないが、聞かせる”の仕掛け

『ジンジャーの朝』が女子高生の視点で核兵器や戦争に対する不安を描き、『手紙は憶えている』が認知症を患った90歳のユダヤ人によるナチスへの復讐を描いた。そこに連なるであろう『関心領域』は、なんと強制収容所の隣……“関心領域”に建つ綺麗な家で暮らす所長と彼の家族の視点で彼らの日常を描く作品なのだ。
川遊びをする、絵に描いたような幸せそうな家族。しかし少年たちの髪型は見覚えのあるもので、彼らの帰る家は“隣”の様子が全く見えないくらい高いコンクリートの塀が建っている。家のメイドたちは、突如“誰かのものだった”洋服の束から「好きなものを選んでいい」と言われ、ザンドラ・ヒュラー演じる所長の妻は高級そうなコートを試着する。ポケットの中から出てきた口紅を何の抵抗もなく塗ってみる様子や、子供が何の抵抗もなく“誰かのものだった”歯をおはじきのようにして遊ぶ。このように本作では強制収容所で苦しみ、虐殺されるユダヤ人は一切映されない。映されるのは壁の向こう側から常に聞こえ続ける悲鳴や焼却炉の音を無視して、優雅な庭のある家で暮らす“彼ら”の何の変哲もない日常なのだ。

この“見せないが、聞かせる”という選択肢も、A24作品らしいユニークなクリエイティブにおける選択だ。本作の音響デザイナーであるジョニー・バーンは『アンダー・ザ・スキン 種の捕食』でもグレイザー監督と仕事をしており、今回は虐殺を映さない監督の意向を受けてアウシュヴィッツに関連する証言や収容所の地図を含む資料を600ページにも渡ってまとめ、正しく空間を認識することで音の距離や反響を適切に判断しようとした。そして製造機械や火葬場、銃声、悲鳴などの音響ライブラリーを作成したという。家のシーンで常に聞こえる収容所の音やオープニングとエンディングで流れる印象的な音楽があまりにも怖すぎるのだが、そのインパクトも半端なく、本作はアカデミー賞で音響賞を受賞した。
監督が問う、鑑賞者の“関心領域”

そしてグレイザー監督が本作において選択したもう一つの重要な要素は、ホロコーストをテーマにしたこれまでの多くの作品で、ナチスが“神話的なまでに邪悪な存在”として描かれてきたことに対し、彼らを極力“普通の人間”として描くことだった。
所長や彼の妻は子どもたちのために最良の環境を整えようとしている。その考えは一般的なものだ。しかし、銃声や悲鳴が聞こえないふりをして、塀を築いて見ようとしない他者の不幸の上に自分たちの幸せな日常を送っている。ホロコーストを悪魔の所業とせず、自分たちと変わらない人間がやったことであることを本作で強調することによって、彼らの無関心さは私たちにも投げかけられる。目の前で起きていない残虐なものから目を背け、自分と世界を切り離すことで他人事でいられるうちは楽かもしれない。しかし関係ないと割り切ったその無関心さは、映画の中で子どもたちの遊ぶ川が汚染され、彼らの健康に危険を及ぼそうとしたように、塀を立てて守られたはずの日常に侵食する。同じ人間がやったことであるからこそ、本作を通して我々が所長一家を「恐ろしい」と感じたその眼差しが反射して、こちらに向けられる。彼らの関心領域を描いた作品が、今度は鑑賞者の関心領域を問うのだ。

過去が今であり、今が未来であることを象徴するようなラストのシークエンスもユニークで印象的である。アート性の高い映画を多く輩出してきたA24作品だからこその視点を持って作られ、人間の恐ろしさを実感する点ではもはやホラーやスリラー作品のジャンルにも区分できそうなホロコースト映画である『関心領域』。計算され尽くしたカメラワークや、自然光のみで生み出されたライティングなど、撮影の過程を見つめるだけでももの凄い映画だ。WOWOWにてアーカイブ配信もされるとのことで、何度も観て、画面の中に映し出されたものの意味や聞こえる音について考え続けていきたい作品である。
■配信情報
『関心領域』
WOWOWシネマにて、12月12日(木)16:40〜放送
監督・脚本:ジョナサン・グレイザー
原作:マーティン・エイミス
撮影監督:ウカシュ・ジャル 音楽:ミカ・レヴィ
出演:クリスティアン・フリーデル、ザンドラ・ヒュラー
配給:ハピネットファントム・スタジオ
原題:The Zone of Interest/2023年/アメリカ・イギリス・ポーランド映画
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