『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』の“達成” 京アニらしさの反転と日常のなかの彼岸

『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』の達成

 『劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデン』はあの痛ましい事件と病禍による二度の延期を経て、2020年9月に公開された。『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』シリーズの持つ映像美や、Evan Callの劇伴の素晴らしさについては今さら説明する必要もないだろう。本作は紛れもなく、京都アニメーション(以下、京アニ)を代表する作品の一つである。

 筆者は以前、本作を京都アニメーションの「映像がとてもきれいな制作会社」というイメージの極致というふうに位置づけたことがある(※1)。近年の京アニ作品は、撮影処理を中心に作り上げられる映像の美麗さと写実的なレイアウトが特徴であると一般に理解されているし、前者については本作が、後者については『響け!ユーフォニアム』など「聖地巡礼」の要素がある諸作品が示している。

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 他方でこのような方向性は、京アニがこれまで追求してきた物語としての美しさを一見損なっているようにも感じられる。すなわち、後述するような「死」によって捉え返されることで際立つ「日常(=恋愛)」という構図ではなく、端的に映像美に見合うような「御涙頂戴」の美しい物語である。たしかに本作にそのような傾向がないかと問われれば、それは確実にあるだろう。けれどもやはり、本作にはなお余りある魅力があるように筆者には感じられる。

『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』と京アニ的モチーフの反転

『劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデン』大ヒット感謝PV

 京アニの作品は「歴史」や「死」といった外部の視点から「日常」というものが絶えず捉えなおされるかたちで展開されてきたと語られる。京アニがこれまで描いてきた「日常」には、背後に絶えず巨視的な目線があった。あるいは石岡良治は、京アニ作品の特徴として「エブリデイ・マジック」(日常にファンタジックな非日常が混ざりこむ作風)の存在を指摘する。石岡によれば、それが作品内に頻出する京都の地形的特徴たる「川」のシンボリズムと総合されることで、川の「此岸(=日常・恋愛)」と「彼岸(=非日常・死)」を対比させる構図があるという(※2)。たしかに京アニは伝統的に友人や近親者の「喪失(=死)」を意識させることによって、逆説的になんでもない「恋愛(=日常)」の尊さを寿ぐ傾向がある。

 その延長線にあるとすれば、『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』はたしかに奇妙な作品であるように見えるかもしれない。本作を彩るモチーフである「生」と「愛」(=此岸のイメージ)が、ヴァイオレットがこれから獲得していくものとして現れるからだ。つまりヴァイオレットはそもそも「此岸」に立つことができておらず、したがって「彼岸」から「此岸」の肯定性を見つめ直すという回路が成立しないのだ。作中で反復されるのはヴァイオレットの「『あいしてる』を知りたい」という言葉であることからも、それは確認できるだろう。

 そして連作短編に近いかたちを取っている各エピソードで、特に後半(第10話、第11話)においては死者から生者へと言葉が手渡される展開が強調される。すなわち、ここでは歴史や彼岸といった外部からの視線によって日常が捉え返されるのではなく、これから彼岸へと去ってゆく人々の言葉が語られるかたちに逆転している。

 しかしここで重視したいのは、本作が決して彼岸に去ってゆく人たちと、残された人たちによる群像劇的な物語なのではなく、その名の通り「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」という一人の少女の物語であるという点だ。彼女は手紙の代筆を通して、たくさんの感情を理解していく。本作で奇妙に思われた部分(ヴァイオレットが此岸に立てていないこと)というのは、そうした理解の段階(此岸の肯定性を見出すこと)の舞台装置とも受け取ることができる。思えばヴァイオレットは、そもそもギルベルトという死者(とされていた存在)の視線を内面化しているのであり、その意味でヴァイオレット自身は極めて京アニ的なキャラクターである。あるいはTVアニメ版『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』の最終話は、ギルベルトへの届かない手紙によって閉じられる。そう考えれば、彼女も我々のよく知る彼岸へ行ってしまった者への気持ちを抱える(=此岸に立つ)一人の少女ではないだろうか。“義手”の少女が人の心を理解していく物語で重要なのはむしろ、彼女が残されたその足で、此岸に接地することのほうだったのだ。

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