『昭和ブギウギ』著者・輪島裕介は『ブギウギ』をどう観た？　笠置シヅ子の功績を聞く

笠置シヅ子×服部良一の楽曲が蘇った意義

ーー笠置シヅ子の歌声は今でもさまざまなメディアで聴くことができますが、実際のパフォーマンスは言葉にならないほどすごかったのだろうなと改めて感じます。

輪島：先日、戦前の笠置シヅ子のパフォーマンス映像が発掘されたのですが、それが本当にとんでもないんです。とにかくすごくて、観終わった後も余韻が残り続けています。これを生で観たらどれほどすごかったのかと。やはり、歌声の人という以上に、身体すべてを使ったエンターテイナーなんだなと思います。そして、これは明らかに倒錯した言葉であることを承知で言うのですが、戦前の若い頃の笠置シヅ子が、若い頃の美空ひばりにとても似ているんです。表情の作り方、首の傾け方、身体の動かし方。もちろん、美空ひばりが笠置シヅ子のモノマネからスタートした人物なのですが、実際に戦前の笠置シヅ子を見ると、美空ひばりは本当に研究して真似をしていたことがよくわかりました。そして、美空と一緒に3人娘と呼ばれた江利チエミ、雪村いづみにもその面影がある。歌って踊る、お客さんに楽しんでもらう、歌を届けるというものを超えて、笠置シヅ子は生身の人間が歌って踊って演じる総合的な娯楽を届けることを実践していた本当にすごい人だと思います。そんなパフォーマンスのあり方は現在のアーティストたち、および芸人や役者など、エンタメを生業とする人全員に受け継がれるべきなのではないでしょうか。

ーーそんな笠置シヅ子の楽曲を生み出していた服部良一も特別な存在だったと。

輪島：服部良一は作曲家を超えて演出家とも言える役割を担っているんです。『ブギウギ』でもスズ子のショーで羽鳥が指揮をとっていましたが、舞台監督的な役割も数多くの作品で担っている。だから流行歌のソングライターという以上に、アレンジャーやスタジオミュージシャンやバンドマンの系譜に連なるような役割を戦前からすでに行っていた人物なのではないかと。それでいて、西洋近代の音楽的教養もきっちりと身に着けている。音楽学校を出て、芸術音楽を勉強して身につけた人は当時もほかにいたと思うのですが、服部良一はそれを学校の外できっちり身に着けた上で、大衆のための音楽に還元していった唯一無二の人物です。自分が得た西洋由来のテクニックを民謡、浪曲、漫才の節回しと融合させることをどんどんやっている。自分の中にあるもの、あるいはみんなが共有しているものを、当時の洗練されたハーモニーとリズムと結びつけていく。当時から現在にかけてもこんな人はほかにいないと感じます。エンターテインメント産業の構造が確立していく中で、舞台は舞台に、音楽は音楽に、演芸は演芸にと、それぞれ区切られていきました。役割が細分化された現代では、服部良一のように「すべてをやる」という人材はなかなか出てこない気がします。庶民の出身で、「地」の感覚が根本にあって、でもいろんな偶然が重なって、大都市の複合的で雑種的な音楽文化環境の中にアクセスできた。時代と環境によって誕生した特別な音楽家だと思います。

ーー『ブギウギ』を通して、多くの人が笠置シヅ子、服部良一の存在と楽曲を知りました。それだけでも大きな意義がありそうですね。

輪島：趣里さんもスズ子として「歌手」という以上に「エンターテイナー」として笠置シヅ子の楽曲を蘇らせてくれていたと思います。『ブギウギ』はステージもしっかり作り込まれていて、美術チームの並々ならぬ意気込みも感じました。そして、これをきっかけに、実際の笠置シヅ子の映像も多くの人に観ていただけたらなと思います。あとは、『ブギウギ』がしっかり戦前からのエンタメを描いてくれたように、戦前と戦後は分断されているわけではなくて、現在にまでいろいろとつながっているということ。それを理解するときに、映画や舞台がどのように存在していたのかを知ってもらえたらと思います。『ブギウギ』の梅丸少女歌劇団がモデルとしていたOSK日本歌劇団は現在まで続いています。この100年ぐらいの広い意味での音楽を伴う芸能、音楽を伴う演芸の広がりみたいなものに興味を向けると、もっともっと楽しい鉱脈が広がっているんじゃないかなと思います。音楽好きの人には、アメリカのエンターテインメントビジネスの歴史などを補助線にしてみると腑に落ちるところが多々あると思うので。20世紀の世界で大衆文化がどういう形で作られて、どう花を開いていくのか。その一部として、僕の言葉でいう音曲ですね、実演を含めた音楽、音楽的な要素を含めた実演ベースの娯楽により注目していくと、とても面白いですよということを申し上げたいです。