長編アニメ革命が世界で進行中? 新潟国際アニメーション映画祭から見えた潮流

 宮﨑駿監督の『君たちはどう生きるか』(2023年)が第96回アカデミー賞の長編アニメーション賞を受賞して、日本の長編アニメが持つ実力が改めて示された。常連だったディズニーやピクサーが2年連続で受賞を逃し、長編アニメの作り手が広がり内容も変わってきている。3月15日から20日まで新潟市で開かれた、世界初の長編アニメを中心にした第2回新潟国際アニメーション映画祭(NIAFF2024)は、そうした長編アニメの分野で起こっている潮流の変化を伺わせるものだった。

第2回新潟国際アニメーション映画祭の長編コンペティション部門受賞者と審査委員

 「とんでもない作品が出た」。NIAFF2024で『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』が上映された際に登壇した富野由悠季監督が、宮﨑駿監督の『君たちはどう生きるか』のオスカー獲得について発した言葉だ。

「なぜとんでもないか。ハッピーエンドではないアニメを作ってしまった。アメリカのアニメーション界ではなく映画界でこれだけの面倒くさいアニメーションが出来てしまった」

 ディズニーやピクサー、あるいは『シュレック』のドリームワークスの作品のような、ハッピーエンドでファミリーやティーンが楽しめる長編アニメが、アメリカでは常に広い支持を集めてきた。そこで、『君たちはどう生きるか』のような作品が認められてしまったことに富野監督ですら驚いた。

 宮﨑監督は21年前に『千と千尋の神隠し』でもオスカーを獲得しているが、内容は少女の冒険で活劇もありカタルシスも得られるエンターテインメントだった。広義ではディズニーやピクサーと同じカテゴリーに入る作品。『君たちはどう生きるか』はその点で少し違う。観る人に主人公の眞人の思考や、塔の中で出会う大叔父の言葉の意味などを考えることを要求する。確かに面倒くさい作品だ。

 それでも、アニー賞にノミネートされて『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』と競い合い、アカデミー賞ではこの『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』を抑えて受賞を果たした。アカデミー賞とアニー賞は昨年も、『ギレルモ・デル・トロのピノッキオ』を選んでおり、ディズニー&ピクサーの1強というイメージが覆り始めている。

 そうした変化は、世界のアニメ界で起こっている。長編アニメが続々と作られて各地で上映されるようになり、そして長編アニメだけを集めたNIAFFのような企画が成立するようになっているのだ。

 新潟に限らず新千歳空港国際アニメーション映画祭や、ひろしまアニメーションシーズンズといった映画祭のコンペティションに長編部門が設定されている。東京国際映画祭(TIFF)も2023年は、前年までの日本中心から世界の長編アニメを上映するようにプログラムを変えた。

 どのような長編アニメが応募されて来るのか。それはディズニー&ピクサーとは何か違っているのか。そもそも面白いのか。12編もの長編アニメがコンペティション部門にノミネートされたNIAFF2024のラインアップに、そうした問いかけの答えを探るヒントがある。

『アダムが変わるとき』

 たとえば、グランプリを受賞したカナダの作品で、ジョエル・ヴォードロイユ監督の『アダムが変わるとき』は、『ビーバス&バッドヘッド』をさらに先鋭化させたような独特のキャラクターが、虐げられる描写が続いて観客をあまり楽しい気分にはさせない。しかし、NIAFF2024で審査委員長を務めたノラ・トゥーミー監督は、「観終わった後も心に残る作品。生きることのぎこちなさについて何かを語っている」と評価した。審査委員のマイケル・フクシマも、「強いボイスを持った作品」と訴えかけてくるものがある点を評価した。

 ボイスの重要性。それは、ノラ・トゥーミー監督がトム・ムーア監督と共同で手がけ、第82回アカデミー賞長編アニメーション賞にノミネートされた『ブレンダンとケルズの秘密』を制作した際に、自分のボイスをそこに込める必要性をベテランの映画プロデューサーに言われたことでもある。

「ストーリーは自分の文化と関連するものでなくてもい良いが、語る話については、自分のどこかと関連すべきで、自分の人生の中のインスピレーションを取り込むことが大切だと言われた」

『ブレッドウィナー』ノラ・トゥーミー監督

 楽しいだけの話、幸せな気持ちにさせてくれる話が悪いというわけではないが、しっかりとした主張があって、観客に強い印象を残す長編アニメが映画祭で評価を受けて世界に広がっていく。後を追って自分もそうした長編アニメ作りに挑むクリエイターが出てくる。そうした連鎖の先に、現在のような長編アニメのムーブメントが起こっている。

 そこでは、ディズニー&ピクサーやドリームワークス、そして『ザ・スーパーマリオ・ブラザーズ・ムービー』(2023年)のイルミネーションの作品を思わせるものは少数派だ。俳優の渡辺謙がケンスケという無人島で暮らす老人を演じたイギリス作品『ケンスケの王国』(2023年)は、欧米の絵本を思わせる絵柄でケンスケと無人島に流れ着いた少年との交流を描いて恩讐の先にある相互理解を示す。

 スペインの『コルタナの夢』(2023年)は、水彩画のような絵で女性画家がインドを旅するストーリーを描きつつ、その女性が見つけた1冊の小説の世界を描く際には、メヘンディと呼ばれるインドで手足などに模様を描く技法や、切り絵のような技法で物語を綴って観る人を様々な時空へと誘う。同時に、女性が置かれた決して自由とは言えない状況にも言及する。

 冒険や旅を通して考えるきっかけをもたらすという部分は、『君たちはどう生きるか』と同じだ。宮﨑作品の場合は、『となりのトトロ』(1988年)や『魔女の宅急便』(1989年)などが世界に浸透し、ジブリ的なルックに馴れさせている分、壁は低くなっていて海外でも商業的にヒットした。今後は、様々なタイプの長編アニメ作品が作られ、映画祭などを通じて広まっていくことで壁は下がっていく。その先に、内容や物語性で勝負する時代がやって来る。

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