『春になったら』岡光寛子プロデューサーに聞く舞台裏 王道ジャンルで新しいチャレンジを

『春になったら』岡光寛子Pに聞く舞台裏

 毎週月曜22時よりカンテレ・フジテレビ系にて放送中の『春になったら』は、奈緒と木梨憲武が演じる娘と父が、3カ月後に訪れる父の死と娘の結婚に向き合いながら、残された日々を周囲の人々とともに生きるヒューマンホームドラマだ。本作を手がけた岡光寛子プロデューサーは、話題作を送り出すカンテレで多くの注目作を手がけてきた。カンテレのキーパーソンである岡光プロデューサーに、本作の舞台裏とドラマ制作にかける思いを聞いた。

現場では本当の父娘のような奈緒と木梨憲武

春になったら

ーー毎週涙腺を刺激されながら観ています。今作はオリジナル作品ですが、どのようなきっかけで制作されたのでしょうか?

岡光寛子プロデューサー(以下、岡光):一緒にプロデュースをするのが今作で4作目になるホリプロの白石裕菜さんとは、普段から雑談レベルで身の回りで起きた出来事、今関心があることについて会話をしており、それがオリジナルドラマのタネになることが多いです。家族は私の中で最も重要なテーマで、「一緒に桜を見られたらいいですね」と祖母の余命が3カ月だと医師から告げられたことをキッカケに、残された時間の中でどう過ごすことが本人や家族にとって幸せなのかを家族会議をして考えた、という話をしたことがこのドラマの出発点でした。それと同時に、企画当時はコロナ禍で結婚式が中止になったり、葬式は身内のみの参列となったり、人の喜びや悲しみを分け合える豊かな時間を一度失ってしまった、という話にもなりました。人生におけるたくさんの節目、新しい門出を誰とどんなふうに祝福したいか、何かの終わりを誰と偲びながら過ごしたいか、そこにこそ人生を通して大切にしたいものが鮮明に映し出されるはずだと。そこから本作のベースとなる「3カ月後に結婚する娘」と「3カ月後にこの世を去る父」という設定ができていきました。脚本の福田靖さんにはいくつか企画のご相談をする中で、本作が1番難しそうで、1番面白そうだと思ったとおっしゃっていただき、企画ファーストで進んでいったところに、奈緒さんと木梨(憲武)さんがオファーを受けてくださり、オリジナル作品として成立したという経緯です。

ーー『春になったら』では3カ月後に結婚する奈緒さん演じる娘の瞳と、余命3カ月の木梨さん演じる父の雅彦が登場します。生と死を親子の関係性に重ねた理由を教えてください。

岡光:最初から「余命もの」をやりたかったわけではなく、家族の話が先行していました。当たり前のように生きている日常や家族にも終わりはありますし、一方で人が亡くなる同じ日に新しい命が誕生しています。生と死は対極にあるように見えて、一本の線で繋がっていて、私たちの日常の一部でもある。そして、人が生まれる時も亡くなる時も、思い通りになることなどはなくて。家族の始まりと終わりの対比を軸に、人生のままならさを描きながら、温かさと軽さの中に人生の機微や日常の尊さを見出すような、そんなドラマにしたいと思い、このような設定になりました。

春になったら

ーー奈緒さんと木梨さんの組み合わせが新鮮です。お二人にオファーされたのは何が決め手でしたか?

岡光:3年前に白石さんと一緒にプロデュースをした『姉ちゃんの恋人』(カンテレ・フジテレビ系)で、奈緒さんに主人公の友人役で出演していただいたのですが、その時のお芝居が素晴らしくて、クランクアップの時に「次に組むときはがっつりやりましょう」と約束していたんです。奈緒さんは表情全てが魅力的で、ナチュラルな動作が隅々に行き渡っており、内側から湧き出てくる感情の表現が素晴らしいです。親近感があるけれど、骨太な軸があり、台本を読んでいるだけなのに、見ているスタッフが心を打たれて涙してしまうほど。ひたむきで誠実でまっすぐな、愛情深い主人公が中心にいてくれるとわかった上で、相手役を考えました。木梨さんは自分が子供の頃からテレビで拝見していたスーパースターですが、映画『いぬやしき』での哀愁漂う背中やふと見せる寂しそうな表情が印象的でした。また、木梨さんご自身、個展やアーティスト活動など多岐にわたって活躍されており、自由で大胆で、豪快だけど優しさと愛情にあふれた方という印象がありました。木梨さんなら人間味あふれる雅彦を演じてくださるに違いないと思ってダメ元でオファーしましたが、案の定、最初は断られてしまいました。しかしお話をしていく中で、(妻で女優の)安田成美さんの「こんな機会はないからやってみたら」という助言や、奈緒さんに対する周囲の評判も素晴らしかったようで、こんな役にめぐり逢えることはないからと背中を押されて受けたとおっしゃっていました。

ーー本業の芸人らしい仕草は控えめでありながら、木梨さんならではの味が生かされていると感じました。演技面で木梨さんにはどんなリクエストをしましたか?

岡光:今作はどこか遠い世界の話ではなく、瞳と雅彦の父娘が私たちの生活の延長上のどこかすぐそばで暮らしていると、観ている方が感じられることが重要だと思いました。そのため、台本を読んでもらってお芝居をつけるのではなく、まずは奈緒さんとの2人の時間を大切にしていただきました。クランクイン前からスタッフを交えて食事会をしたり、木梨さんのアトリエにお邪魔してお茶をしたり、軽く本読みをしたりもしました。撮影でも椎名家のセットでいきなりリハーサルをするのではなく、まずはお家になじむ時間として、家にあるものを触ったり、室内で動いてみる時間を設けました。親子が28年間どのように暮らしてきたかを演技レベルではないところで表現することを心がけています。ですので、演技面のリクエストということはなく、奈緒さん演じる瞳とその場で生まれる生の感情を大切に、そしてそれを我々が撮りこぼさないように撮影が進んでいっています。

春になったら

ーー奈緒さんが演じる瞳は、結婚を控えながらお父さんを見送る複雑な役どころですが、そういった雰囲気の中で役作りをされたんですね。

岡光:そうですね。奈緒さんは「お父さんが木梨さんで本当に良かった」とおっしゃっていて。奈緒さんご自身、生後7カ月でお父さんを亡くされているのですが、「自分のお父さんとできなかったことを、木梨さんと一緒にかなえられるのが何よりもうれしい」と言ってくださって、現場では本当の父娘のように仲良く接していらっしゃいます。撮影の時もそれ以外の時も、お互いのことを思い合う姿が愛おしく、スタッフもみんなこの父娘のことが大好きです。

ーー映画畑でも活躍されている松本佳奈監督と穐山茉由監督を起用したのはどんな狙いがありますか?

岡光:今回、テレビドラマでホームドラマをやることになって、王道のテーマを王道の撮り方で王道の仕上がりにするよりは、何か新しいチャレンジをしたいなと思いました。女性ならではというよりは松本監督ならではの、繊細な演出や映像の質感、音楽の付け方、衣装や美術に至るまで「神は細部に宿る」ではないですけど、細かいディテールによって、ドラマを豊かにしていただいています。「笑って泣ける」という難しいバランスの中、ほんのちょっとだけ尖っていて、少しずつ王道からずらし、目の肥えた視聴者にも楽しんでいただける新しい作品を届けたいという思いで、松本さん、そして穐山さんにお願いしました。

ーー柔らかい質感の映像で、温もりのある空気感が画面から伝わってきました。演出や映像面でのこだわりはありますか?

岡光:ありがたいことに映像のルックを褒めていただくことが多いです。撮影の冨永健二さんとご一緒するのは本作が3作品目ですが、いつもどのようなルックにするかは監督も含めて相談をして決めていっています。今作は、優しく穏やかな色味を出しつつ映像的には柔らかくなり過ぎずコントラストを出すことを意識して、観ている人が懐かしさを覚えるような温かみのある映像にしようと話していました。ロケーションでは冬の柔らかな射光を狙えるように意識しつつ、室内では照明の角度やディフューズの種類にこだわって撮影しています。音楽は、音楽プロデューサーの福島節さんにお願いして、福島さんを通じて複数の音楽家に曲を作っていただいているのですが、どの曲も心地よくて素晴らしく、悲しいメロディーではないのに泣けたり、あたたかな気持ちになったり。お芝居だけで成立するけれど、感情を滞りなく視聴者に届けるための役割として音楽があるととらえ、過剰に感情をあおるような音楽の付け方はしないように、お芝居を引き立たせることを心がけています。また、松本監督の意向でモータウン系の歌入りの曲も積極的に取り入れ、作品に深みを持たせるようにしています。

“父と娘”のテーマは「自分の根底にあるもの」

春になったら

ーーここからは岡光さんにドラマ制作についてお伺いしたいと思います。ドラマ作りに携わられるようになったきっかけを教えてください。

岡光:私は子どもの頃から大のテレビっ子で、テレビドラマからたくさんのことを学んで、感じて、元気をもらって、明日への活力にしていました。関西の大学に通っていた時に、今、上司である豊福陽子(プロデューサー)の存在を知り、関西の局で、私と同じ女性で、第一線でドラマのプロデューサーとして活躍されている姿に憧れ、就職活動で関西テレビに応募して入社しました。入社後はすぐドラマに配属されたわけではなく、最初は宣伝部で広報の仕事をして、その後バラエティーのAD、ドラマの助監督とAPをやってプロデューサーになったという経歴があります。

ーー三浦春馬さんが主演を務めた『TWO WEEKS』(カンテレ・フジテレビ系)を手がけたことがその後の原点になったとお伺いしました。どのように創作の糧にされたのでしょうか?

岡光:『TWO WEEKS』の時はまだ20代で、いきなりプロデューサーになって、正直、自分が何もできない歯がゆさを感じましたが、一方で「ドラマを作るのはこんなにおもしろい仕事なのか」とも思いました。実は『TWO WEEKS』の時に出会ったカメラマンや照明スタッフが『春になったら』のスタッフだったりします。最近では、奈緒さんもですが、「はじめまして」ではなく「二度目まして」の人がスタッフやキャストでも増えて、その人たちともう一度成長した姿で、やり方や強みも理解した上で一緒により良いものが作れる手ごたえも感じています。そうやって一歩一歩進んできた感じですね。

春になったら

ーー『TWO WEEKS』は、父と娘の絆や生と死が交錯する点で『春になったら』にも通じると思いますが、こうしたテーマに強く惹かれますか?

岡光:そうですね。父娘や家族の話が好きというのが自分のベースにあります。映画でもマーク・ウェブ監督の『gifted/ギフテッド』、ロバート・ベントン監督の『クレイマー、クレイマー』、イ・ファンギョン監督の『7番房の奇跡』などが好きです。どんなことがあっても絶対に味方でいてくれる存在が自分にとっての家族で、何かを表現するときに親子や家族、父と娘をテーマに据えるのは、それが自分の根底にあるものだからという気はします。

ーー一方で、岡光さんが手がけられた作品では、身近な人との関係性だったり、日常を生きていく中での気づきや少しずつ成長することが共通のテーマとしてあると感じます。

岡光:好みにもよると思うんですけど、私は人が多く死んだり、事件が立て続けに起きたり、血がたくさん流れる作品があまり得意ではなくて。それよりは、ドラマを観た人が一歩じゃなくて0.5歩でもいいから、ちょっと前に進んでみようと思える一助になるようなドラマを創りたいと思っています。『春になったら』は普遍的なテーマを描いており、ドラマを観て、遠くにいる親に一本電話してみようとか、隣にいる友達にありがとうって声をかけてみようとか、明日も仕事を頑張ろうとか、そういった感想をいただけることが嬉しくて。人の背中をそっと押す身近なテーマを自分はやりたいと思っているので、どうしても市井の人たちを描くことが多くなります。でも、すべてがきれいじゃなくて良くて、迷ったり、すれ違ったり、ずる賢かったり、嫉妬したり、毒気があるところも含めて、「ままならない人生だけど、人間って愛おしくて尊いよね」という部分が描けるようにしたいと思っています。もちろん、今後全然違うテーマにもチャレンジしてみたいです。

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