『侵入者たちの晩餐』バカリズム脚本の構造に脱帽! “1周目では気付けない”伏線の数々

『侵入者たちの晩餐』バカリズム脚本に脱帽

 1時間54分、没頭して楽しんだ。1月3日に日本テレビ系で放送されたスペシャルドラマ『侵入者たちの晩餐』を観て、まず思った率直な感想である。

 本作は、脚本のバカリズム、演出の水野格といったドラマ『ブラッシュアップライフ』(日本テレビ系)の制作チームが手がけたサスペンスドラマ。東京ドラマアウォード、ATP賞テレビグランプリなど国内外の数々の賞や、多くの人が年間ベストドラマに挙げるSNSでの口コミ、12月28日、29日の年末一挙放送、それらを受けての『第74回NHK紅白歌合戦』(NHK総合)にバカリズムがゲスト審査員として出演と、上がりに上がりきった期待のハードルを悠々と超えていった印象だ(この作品がTVer、HuluだけでなくNetflixでも同タイミングで配信されることもその期待の表れと言える)。

『侵入者たちの晩餐』

 このドラマを一から順に追って説明しようとするのは非常に難しい。それは主人公の亜希子(菊地凛子)が事の経緯を事情聴取の刑事(野間口徹)にどこから説明すればいいのか困っていたのとまるで同じである。放送前に公表されていた端的なあらすじは「家事代行サービスで働く平凡な女たちがある理由で豪邸に侵入するサスペンスドラマ」だが、そこに亜希子、恵(平岩紙)、香奈恵(吉田羊)といった登場人物たちの思わぬ誤算や思惑、憎悪などが複雑に交錯していく。

 導入はサスペンスでありながら、途中からコントのようなコメディへと変貌していく、このドラマの構造を描いた脚本家としてのバカリズムの筆はノリに乗っている。『ブラッシュアップライフ』と同様にどこから逆算して書いているのか、その仕組みを考えていると頭がこんがらがってくるが、本作で上手く機能しているのが第1章「経緯」から第14章「人形」を経て、最終章「晩餐」へと着地する章立てだ。

『侵入者たちの晩餐』

 章立て自体は決して珍しい演出ではないが、亜希子たちが侵入した奈津美(白石麻衣)の豪邸に引き返す第4章「清掃」から徐々に方向性が変わっていき、恵が冷蔵庫を開け賞味期限が近い余り物で料理を作り出す第5章「料理」、果てには香奈恵がソファーの上でヨガをしだす第6章「呼吸」と、その章立て自体が面白おかしくなってくる構造は見事だ。かと思えば、第8章「重松」でもう一人の侵入者・重松(池松壮亮)が登場することでサスペンス要素が再び立ち上がり、第9章「潜伏」での奈津美の帰宅、夫を寝取られた奈津美に刃物を向ける香奈恵を羽交い締めにするさらなる侵入者・毛利(角田晃広)が現れる第12章「毛利」は、全てを知った気になっていた観ている我々も困惑するのと同時にその何層にも入り組んだドラマの面白みをやっと理解する瞬間でもある。主演の菊地凛子はコメントの中で本作を「ジェットコースターのような作品」と例えていたが、ドロップ(落下)が来て安心していたところに、さらに大きなドロップが待ち構えていたといったところだろうか。

『侵入者たちの晩餐』

 また『ブラッシュアップライフ』やドラマ『架空OL日記』(読売テレビ)を例にして、『侵入者たちの晩餐』もまた同じ場所や時間を何度も繰り返し、登場人物たちの視点によって、その見え方がガラリと変貌していくのがバカリズム脚本の醍醐味である。本作では奈津美の豪邸を舞台に、様々な侵入のバックボーンが描かれるが、「もういいよ」と5人の侵入者を穏便に済ましていた奈津美が本当に脱税で3億円のタンス預金を隠していたことが分かる第13章「藤咲」は、大どんでん返しである。

『侵入者たちの晩餐』

 「脱プリ」「節プリ」「寄付プリ」や「トントン」といったユニークなワードセンス、共感性が高くそれでいて新鮮なバカリズム脚本の会話劇は本作でも健在。『ブラッシュアップライフ』の麻美(安藤サクラ)、夏希(夏帆)、美穂(木南晴夏)と同じ、亜希子、恵、香奈恵の“女3人”が軽妙な掛け合いを繰り広げていく。

 中でも菊地の“華のない”芝居は、朝ドラ『ブギウギ』(NHK総合)で演じている茨田りつ子との高低差も相まって、ただ、ただ驚くばかりだ。亜希子は奈津美が社長を務める家事代行サービス会社の劣悪な労働環境に不満を抱いている、バツイチ一人暮らし。値下げシールの貼られたお惣菜をおかずに、一人寂しくご飯を食べる姿は彼女の日常をありありと映し出していた。ティッシュで鼻を噛んだり、髪をいじくったりする仕草も“何者でもない”ことを伝えながら、そんな彼女がまるで『キャッツ・アイ』の如く、豪邸に侵入していくという設定がやはり面白い。ある種、型にハマった考え方の亜希子が、肝っ玉の座った恵や香奈恵と出会うことによって最終的には一緒に晩餐を楽しめる仲へと発展していく。

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