『バニラな毎日』になぜ癒やされるのか 現代人に必要な“サードプレイス”の重要性

『バニラな毎日』になぜ癒やされるのか

 『バニラな毎日』(NHK総合)は主人公・白井葵(蓮佛美沙子)の息の音から始まった。お菓子を作る時の彼女の手元。美味しいお菓子を作るため、丁寧に、心を込めて作るその美しい工程。自転車で店まで駆けていく、彼女の日常。彼女はその時、どんな幸せな香りを吸い込んだのだろう。我々視聴者の五感を心地よく刺激し、深呼吸の必要性を感じさせてくれるドラマ『バニラな毎日』は、白井と佐渡谷(永作博美)が形作る「サードプレイス」そのもののような優しいドラマだ。

 賀十つばさの『バニラな毎日』『バニラなバカンス』(ともに幻冬舎文庫)を原作に、『劇場版 アナウンサーたちの戦争』、『PICU小児集中治療室』(フジテレビ系)の倉光泰子が脚本を手掛けた。主人公・白井葵を演じるのは蓮佛美沙子。『今夜すきやきだよ』(テレ東系)に映画『女優は泣かない』、そして本作と、主演作にシスターフッドを描いた優れた作品が多いのは、蓮佛が演じる女性の等身大の奮闘ぶりに、視聴者である女性たち自身が共鳴せずにはいられないからだろう。本作においても、頑な主人公・白井が、佐渡谷や秋山静(木戸大聖)をはじめとするお菓子教室の生徒たちと出会い、“まろやか”に変化していく姿を魅力的に演じている。

 1月期のドラマは大作が多い。「パーソナル・イズ・ポリティカル(個人的なことは政治的なこと)を具現化したような『御上先生』(TBS系)、『日本一の最低男 ※私の家族はニセモノだった』(フジテレビ系)。日常の中に「宇宙人」という非日常を放り込んだ『ホットスポット』(日本テレビ系)。マイノリティへの差別や偏見に真正面から向き合う『東京サラダボウル』(NHK総合)など、ずしりと骨太な作品群の中、ホッと息をつける夜ドラ『バニラな毎日』が異彩を放っている。

 こだわりの洋菓子店を経営難で閉店したばかりの白井葵と、彼女の作るお菓子に惚れこんだ料理研究家・佐渡谷真奈美が作る「たった一人のためのお菓子教室」。訪れる生徒は、カウンセラーをやっている佐渡谷の姪の紹介である。お菓子作りを通して、それぞれの悩みと向き合い、癒され、変わっていくのは、生徒たちだけでなく、教える側の白井や佐渡谷も同じだった。

 佐渡谷は、白井と作る「たった一人のためのお菓子教室」を「サードプレイス」だと言った。「ストレス社会において自分の役割をとっぱらった場所」という意味を持つその言葉。本作だけでなく、仕事に忙殺され、人間関係に悩む3人の男性が晩ご飯を一緒に食べる「晩餐活動」で心を回復させていく『晩餐ブルース』(テレ東系)もまた、ある種「サードプレイス」の重要性を描いた作品だろう。

 本作第13話で「だってさ、人生100年時代よ。時間の無駄遣いこそが最高の贅沢なのに」と佐渡谷は言った。第20話で「正直、お菓子も歌もなくたって生きていける。でもあったら、一瞬のうちに皆を幸せにしてくれる」とも佐渡谷は言う。「タイパ重視」で湯船にゆっくり浸かる時間すら惜しむ現代において、一見「時間の浪費」のように見える、人生における「一度立ち止まり自分を見つめ直す時間」の必要性を説いた「お菓子、あるいは夜食のような」作品が求められるのは、きっとそれらが、猛スピードで駆けていく時代の波に溺れそうな私たちにとって、つかの間休息するための止まり木のような役割を果たしているからに違いない。

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