宇野維正の「2023年 年間ベスト映画TOP10」 政治的なコンテクストから映画を救うこと

宇野維正の「2023年映画ベスト10」

 リアルサウンド映画部のレギュラー執筆陣が、年末まで日替わりで発表する2023年の年間ベスト企画。映画、国内ドラマ、海外ドラマ、アニメの4つのカテゴリーに分け、映画の場合は、2023年に日本で公開された(Netflixオリジナルなど配信映画含む)洋邦の作品から、執筆者が独自の観点で10作品をセレクトする。第18回の選者は、映画・音楽ジャーナリストの宇野維正。(編集部)

1. 『TAR/ター』
2. 『ザ・キラー』
3. 『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』
4. 『フェイブルマンズ』
5. 『終わらない週末』
6. 『AIR/エア』
7. 『イコライザー THE FINAL』
8. 『兎たちの暴走』
9. 『ほつれる』
10. 『Saltburn』

 倫理上や道徳上、問題があると思われる人物とその人物が置かれている環境を、(まさに『フェイブルマンズ』でスティーヴン・スピルバーグが解き明かしていたように)映画という本質的に危険なアートフォームの力を利用して、断罪するのではなく、もちろん擁護するのでもなく、観客への問いかけとして描くこと。1位に選出した現代劇の『TAR/ター』だけではなく、紆余曲折を経て日本公開が半年以上遅れたことで今年のリストには入れられなかった『オッペンハイマー』もまたそういう作品であり、リストからは漏れたが『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』や『マエストロ:その音楽と愛と』もそこに連なる作品だったと言えるだろう。アイデンティティ・ポリティクスが吹き荒れた2010年代後半をサバイブしてきたハリウッドを代表する映画人たちが自作に込めたそんな切実な「声」に、耳を傾け続けてきた1年だった。

『ザ・キラー』Netflixにて独占配信中

 一方、『ザ・キラー』や『イコライザー THE FINAL』や『Saltburn』、そして中国映画『兎たちの暴走』に象徴的なように、映画本来の運動性や審美性に立ち返ることで、複雑な政治的、文化的なコンテクストから映画をサルベージしようとする軽やかな試みに、大いに勇気づけられた1年でもあった。とりわけ、拙著『ハリウッド映画の終焉』の出発点でもあった傑作『プロミシング・ヤング・ウーマン』から『Saltburn』の他愛のなさへと向かったエメラルド・フェネルの健やかな知性と先見性は、「複雑な政治的、文化的なコンテクスト」の究極体という点で真逆に位置するようで実はシンクロしている(ディスコビートで!)、彼女の盟友たちによる『バービー』(フェネルはバービーの元親友、妊婦ミッジを演じていて、そこにも様々なコンテクストが張り巡らされていた)と合わせて、新しい時代の到来を感じさせてくれた。

『Saltburn』©Amazon Studios

 ところで、今年からゴールデングローブ賞の海外投票者を務めることになったのだが、日本公開されるかどうかもわからない、何年間もずっと心待ちにしてきた敬愛する映画作家たちの新作の数々を、一人自宅で観続けることの虚しさにすっかりやられてしまった。やはり、クリストファー・ノーランが言うように「映画というアートフォームから生まれるすべての塔、すべての願望、すべての夢は、劇場という土台の上に築かれる」のだ。配信プラットフォームが製作する優れた長編映画(今年もトップ10の4作品を占めた)の扱いも含め、「劇場への配給システム」こそが映画の未来を救う。来年以降も、それを守るためだったらどんな役回りでも引き受けるつもりだ。

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