『北極百貨店』の“心地よさ”はどのように作られた? 目を奪われてしまう演出を徹底解説
アニメーションの緩急が“遊び心”を感じさせている
「静止」は「動き」と対立するものだと捉えられがちだ。
だが実際は、「静止」は動きの反対ではなく、動きの一部と捉えるべきだ。静寂が音の対立概念ではないように、静止があれば動きも際立つ。そして、静止の状態にも運動共感は発生する。
本作の素晴らしい静止状態は、まずコンシェルジュたちのお辞儀の姿勢だろう。90度に近い角度でぴったりと止まった状態でお客様をお見送りするとき、肘が鋭くピンと張るほどにキレイに揃っている。この綺麗なシルエットでピタリと止まっていることが、コンシェルジュたちのプロフェッショナル精神を表現する。本作のキャラクターデザインは指先などが鋭いことも特徴的だが、この鋭さがお辞儀のときにも強く発揮される。コンシェルジュたちは、指先の末端まで神経を張り巡らせて姿勢を作っているのだと感じさせるからだ。
さらに、お辞儀したときの両肘が張っている角度と、スーツの裾がぴょこんと立っている角度が綺麗に揃っているカットもあって、みるだけで面白いシルエットを作っているシーンもあって、随所に遊び心を感じさせる。
わずか70分で豊かな世界観を作れた理由
本作には大小さまざまな動物たちが登場するため、人間のコンシェルジュは目線を合わせるためにいろいろな視線をとる必要がある。床に顔をこすりつけんばかりの低姿勢をとらねばならないときのお尻を突き上げたユニークなポージングなど、その動物の形態と人間との組み合わせで多種多彩なポーズを作り上げる。その姿勢をキープするのは大変だろうなと思わせるポーズもたくさんある。この場合は、むしろ動いていないからこそ、観客に運動共感が発生する。静と動、両方を巧みに用いた演出が全編に行き届いている点も本作は見逃せない。
また、静止と動きの組み合わせでも魅せてくれる。例えば秋乃がお辞儀した姿勢のままステップバックすることがある。これは静止したお辞儀でプロフェッショナルな丁寧さと、後ろを確認しないで下がるハラハラ感で彼女の新人らしい危うさが、静と同の組み合わせで見事に表現されている。
このように、ストーリーのレイヤーではなく、絵と動きのレイヤーに膨大な感情が本作には詰まっているから、わずか70分でこれだけ豊穣な世界を作れるのだろう。映画は3時間なくても、これだけ豊かな情感を描けるのだ。
手書きアニメならではの演出が詰まった一作に
どうして、この手描きアニメにはこれだけの運動共感が込められるのだろう。
板津監督は、東京国際映画祭のシンポジウムにて、アニメには「身体性」が重要だと語っていた。
「アニメーターが絵を描くとき、最初にイメージがあって、印象がある。そこからいろいろなものを見てから、一回自分の身体に入れて、こんな感じだよと描く。そしてそれを見た人が、その体験に共鳴するというか、それがアニメーションを見て気持ちいいと思うことだと思う」
これは先に説明した運動共感の原理に近いのではないか。最初に動きのイメージを、アニメーターが一度自分の身体に入れて絵として表出する。観客はその動きに感応する。
運動共感は、英語でキネステティック・エンパシーと言うが、これを日本語で身体的共感と訳す場合もあるそうだ。優れたアニメには、この身体的共感を通じた連鎖的な感情の伝わりがあるのだと思う。『北極百貨店のコンシェルジュさん』という映画には、この感覚が百貨店の豊富な品揃えの如く、全編にわたってたくさん詰まっているのである。
参照
※1. 『動きそのもののデザイン』(三好賢聖著、ビー・エヌ・エヌ、P4)
※2. https://anime.eiga.com/news/column/tiff2023_news/119815/
■公開情報
『北極百貨店のコンシェルジュさん』
全国公開中
原作:西村ツチカ『北極百貨店のコンシェルジュさん』(小学館『ビッグコミックススペシャル』刊)
声の出演:川井田夏海、大塚剛央、飛田展男、潘めぐみ、藤原夏海、吉富英治、福山潤、中村悠一、立川談春、島本須美、寿美菜子、家中宏、七海ひろき、花乃まりあ、入野自由、花澤香菜、村瀬歩、陶山恵実里、氷上恭子、清水理沙、諸星すみれ、津田健次郎
監督:板津匡覧
脚本:大島里美
キャラクターデザイン・作画監督:森田千誉
音楽:tofubeats
主題歌:Myuk「Gift」(Sony Music Labels Inc.)
アニメーション制作:Production I.G
配給:アニプレックス
©2023西村ツチカ/小学館/「北極百貨店のコンシェルジュさん」製作委員会
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