『北極百貨店』の“心地よさ”はどのように作られた? 目を奪われてしまう演出を徹底解説
「動き」そのものの面白さ。映画は動きを伝えるメディアなので、これは最も重要なはずである。動きの面白さを伝えることは難しい。動きは非言語的な表現だからだ。しかし、映画は非言語的なとき、一番面白い。
板津匡覧監督の映画『北極百貨店のコンシェルジュさん』の最大の魅力は、動きにある。動きでキャラクターが表現され、動きで感情を伝え、70分という短い上映時間で豊穣な世界を描くことに成功している。本作の豊穣さは、原作の持つ物語の魅力も大きいが、画面いっぱいに展開されるアニメの絵と動きに負う部分も見逃せない。
店内を駆け回る主人公・秋乃の姿、首を回すワライフクロウや求愛で羽を広げるクジャクなど、動物たちの特徴を生かしたユニークな動きが色彩豊かなアニメーションに、終始観客は目を奪われ続けたに違いない。
「動き」には感情をダイレクトに伝える力がある。この映画の作り手たちはそのことを知っている。そして、どうすればただ座っていて動けない映画館の観客に、快活に動くキャラクターの感情を疑似体験させることができるのかを熟知している。
『北極百貨店のコンシェルジュさん』は“何かをやさしく受け止める映画”だ
動いている者に対して、私たちの心は何らか心を動かされる。たとえ、動いている対象が人でなくても。
例えば、強い風で煽られている木々を見ると、自分もなぜか不安な気持ちにさせられる。風になびくカーテンを見ると、自分も優しい風に吹かれているような感覚になれる。あるいは、勢いよくピシャリと閉まるふすまを見た時、何か拒絶されたような気分になる。動きにはそういう「感じ覚え」を想起させる力があるという。
そういう現象を「運動共感」と呼ぶと、動きのデザインを研究する三好賢聖氏はいう。「ある動きを知覚した人が、観測した動きを疑似的に感じる知覚現象」を指すこの言葉は、例えばダンスをしている人をじっと座って見ているだけの人も、ダンサーの動きを疑似的に感じて模倣するような感覚と衝動が起こることを指す。(※1)
アニメーション映画をじっと座って観ているだけの観客に、どうして快活に動いているような疑似体験が生まれるのか。その秘密も、この運動共感にあると思われる。実際に運動共感を映画の分析に応用する例もある。観客が映画を観るとき、登場人物に感情移入するのはなぜか。映画を観ている観客が、作中の人物の動きに感応し運動共感が働く。
優れた映画には、運動共感を呼び起こす優れた動きが必要とされるのだ。
なぜ『となりのトトロ』と同様な安心感を感じるのか?
本作には、序盤からこうした共感覚を呼び起こす動きが多彩にちりばめられる。まず冒頭だ。幼い少女が自分よりも大きな動物や小さい動物の間をよろめきながら駆け抜けていく。このよろめく不安定な動作を見て観客もなぜか自分も不安定な状態に置かれているような気分を疑似的に味わう。そして、いよいよ転んでしまった瞬間、コンシェルジュの女性に柔らかく受け止められる。このとき柔らかな動きが、先ほどまでのハラハラする不安感を一気に払拭してくれる。
このシーンは例えるなら、『となりのトトロ』で次女のメイが森の中をコロコロと転がり、空中に放り出されたと思った瞬間、トトロの柔らかいお腹で弾んだ時の安心感に似ている。トトロに落ちたメイの、トランポリンを跳ねるかのようなボヨヨンとした柔らかい動きに、安心感を覚えた人はきっと多いと思う。このシーンは、アニメにおける運動共感の理想的な例だ。
トトロは架空の生物なので誰一人お腹を触ったことはない。にもかかわらず、多くの日本人はトトロのお腹の柔らかさをなぜか知っているのである。
あの少女はあの瞬間、温かい何かに包まれた感触を覚えたはずだ。それは全く言葉では説明されないが、あの冒頭シーンを観た誰もが同じように感じたはず。本作全体を貫くハートウォーミングな温かさは、この一連の動きに凝縮されていると筆者には思える。冒頭の動きだけで、この映画は「何かを優しく受け止めてくれる映画」だと伝えているのだ。
“抜け感”のある絵が生み出した新鮮な個性
この映画には全編、こうした共感を強く起こさせる動きが満載だ。これだけ快活に動きを追求できるのは、熟練アニメーターが多数参加していることはもちろんだが、線を少なくしたシンプルで特徴的なシルエットのキャラクターデザインの力も大きい。時に平面的に見えてもそのシルエットでキャラクターが表現できるシンプルに完成度の高いデザインで、デッサン以上に動きに集中しやすい。
キャラクターの線が多くなればなるほど、1枚の絵を仕上げるのに時間がかかるため、動きそのものを追求する時間はどうしても減らさざるを得ない。近年のアニメ作品は、キャラクターの線が多く、カットも情報量を高めて密度を上げていく方向の作品が多い。カットごとの情報量を高めていくのは、近年のハリウッド大作映画も同様の方向性で、映画全体のトレンドと言えるだろうが、本作は服のシワなど簡潔にした適度な抜け感がかえって個性的だ。クビに巻いたスカーフなどは、時に真正面から見るとシワのない「青い長方形」なのだが、かえって独特のフォルムの絵として個性を主張している。
板津監督は、東映動画の『どうぶつ宝島』(1971年)のような絵の方向を目指したと語っているが、それは今のアニメシーンにおいては、かえって新鮮だ。(※2)