『君は行く先を知らない』の想像を絶する悲しみ イラン逃亡で離散する家族の“最後の時間”

『君は行く先を知らない』想像を絶する悲しみ

 イラン映画『君は行く先を知らない』の冒頭を観て、荒涼としたイランの台地を走る道路脇に停車中の車に乗っている3人とその外にいる1人の登場人物が、映画の最後にどのようなところにたどり着くのかの予想がつかなかった。

 観ていくと、どうやら車内の後部座席で足にギプスをはめて眠っている男性は父親で、助手席で眠っているのは母親のようだ。父親の傍らで元気に動き回っている子供は彼らの次男で、なぜか携帯電話を持ってきたことを怒られている。そして車内には1匹の老いた犬もいた。車の外にいるのは長男である。

君は行く先を知らない

 しかし、何も知らずに映画を観ると、眠っている父親と母親は、一瞬、死んでいるのではないかと見えてしまったり、外にいる若い男性は、彼らの家族ではなく、外部の他人のようにも見えた。

 この私の感じた不安さは、最後まで観るとあながち間違った予感ではないようにも思えてくる。車内の家族3人は国内に残り、車外にいた長男は国外に行ってしまうし、そこはかとない不安を隠すように、家族は車で旅をしているからだ。

君は行く先を知らない

 この映画の監督は、『白い風船』(1995年)、『チャドルと生きる』(2000年)、『人生タクシー』(2015年)他でカンヌ、ヴェネチア、ベルリンの三大映画祭を制覇した世界的巨匠のジャファル・パナヒ監督の長男であるパナー・パナヒ。彼は、父の元で学んだだけでなく、父親やアッバス・キアロスタミ監督の撮影現場で子供時代を過ごしたという。そして、この映画は、長編第1作ながら、カンヌをはじめとした世界各国96の映画祭で上映された。

 長編第1作ながら、徐々に人物の関係性や何をしているのかが見えてくる作り方に、映画ならではの感覚を得た。一家は、家や車も失ってまで、長男をイランの外に行かせようとしている。この車での旅は、国外で長男が働き、また4人で暮らす日を夢に見ながら過ごす、家族にとって最後の時間なのだった。

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 とはいえ、その道中の家族が、ずーっと悲しそうかというとそうではない。次男に長男との別れを意識させないように、「(長男が)結婚して花嫁と駆け落ちするため」に出ていくのだと嘘をついたりしているし、次男はまだいたずら盛りで、無邪気に旅を楽しんでいるようなところも多い。

君は行く先を知らない

 しかし、イランではこの映画の中の家族のように、極秘で国外へ逃亡する人は多いのだそうだ。途中、羊の皮を買い、その皮を被った人物から、行き先を伝えられるシーンがあるが、こうしたやり方もリアルなものなのだという。

 長男も父親も、そして母親も皆、別れることを悲しんでいるのに、その悲しんでいるところを見せまいとして、わざとひょうひょうとしているのだが、こんな風に、離れ離れになっていく家族の、無理に悲しんだりしない姿もリアルなのだろうか。

映画『君は行く先を知らない』メイキング映像

 日本にいると、「家族は仲良くするもの」という映画があれば嘘くさく感じ、それだけが生きる上での正解ではないと思ったりもする。またこの映画のように、なんらかの理由により、離れたくないと思う家族がバラバラになる様子を描くとしたら、それを全力で悲しむようなお涙頂戴の表現がされるかもしれない。

 しかし、この映画は、想像できる範囲でのありきたりさを超えたものがある。一家が離散して、この先、また会えるかどうかわからないからこそ、悲しみをお互いに感じさせないようにする姿に、お互いを思いあう気持ちと悲しさが感じられる。

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