『だが、情熱はある』に込められた人類愛 山里亮太と若林正恭はカッコ悪いからカッコいい

『だが、情熱はある』に込められた人類愛

 南海キャンディーズ・山里亮太(森本慎太郎/SixTONES)とオードリー・若林正恭(髙橋海人/King & Prince)の半生を描いた『だが、情熱はある』(日本テレビ系)が終盤に突入する。口さがない一部のネット記事では「爆発力に欠ける」「題材に華がない」などと言われているが、このドラマを愛する視聴者にとっては「だが、それがいい」のだ。「華がない」と言われてしまう、「こじらせ日本代表」、山里と若林の生き様にスポットを当てたことこそが、このドラマの美しさであり、カッコよさなのだから。

 制作側もそういう反応が起こることは百も承知だろう。毎回アバンタイトルのナレーションで、こう言っている。

「しかし断っておくが、友情物語ではないし、サクセスストーリーでもない。そして、ほとんどの人において、まったく参考にはならない」

 南海キャンディーズとオードリー。共に『M-1グランプリ』で準優勝の座に輝き(南海キャンディーズは2004年、オードリーは2008年)、以降、「お茶の間の人気者」として広く知られるコンビ芸人だ。しかしその陰で山里も若林も、長らくのあいだ「闇」を抱えていた。過剰な自意識、プライドの高さ、人見知り、世間に馴染めない偏屈さ、「“売れたい”欲望」と拮抗する「俗に染まることを許さない気位の高さ」。

 芸人であれば当たり前のことだが、ふたりとも下積み時代から、握りしめた拳から血が出るほどに「売れたい!」と願い続けてきた。それなのに、いざ売れてもぜんぜん幸せじゃない。それぞれの相方、しずちゃん(富田望生)と春日(戸塚純貴)が求められるキャラクターをいかんなく差し出し、テレビにすんなり対応していくのと対照的に、「じゃないほう」の山里と若林はくすぶるばかり。

 売れないなら売れないで悩み、売れたら売れたで悩み、どんどん黒い感情が大きくなっていく。こうした山里と若林の叫びはきっと、テレビ・芸能界の中で「消費されて終わってたまるか」というレジスタンスだったのだろう。あの頃の「もがき」があったから、今がある。相方だけがテレビに呼ばれる「じゃないほう期」に、水面下で自己研鑽を続け、センスを研ぎ澄ませたから、現在の山里と若林がある。

 妬み、嫉み、憎しみ、怒り、恨み。こうした、誰もが隠しておきたい「負の感情」を、このドラマは臆せずに描く。山里と若林自身が、それを観客の前で臆することなく差し出しているからだ。本作の原案にもなっている『天才になりたい』(山里亮太著/朝日新聞出版)や『社会人大学人見知り学部 卒業見込』(若林正恭著/角川文庫/メディアファクトリー)をはじめとする、ふたりの著書の数々の中でも、彼らの「負の感情」が赤裸々に語られている。

 しかし、山里と若林の恐ろしい(そしてカッコいい)ところは、そうやってどす黒い腹の中を曝け出し、手の内をすっかり明かして、観る者から絶大なる信頼を獲得しながら、常にその図を別視点から見つめている「知性」だ。だからこそ、ふたりの「芸」には単なる「ぶっちゃけ話」に終わらない「批評性」があり、その批評性がこのドラマにも存分に注入されている。そうした物語の「核」を深く理解し、繊細でひねくれたふたりの感情、複雑な内面を、「物真似」などとはとても別次元の、極めてクレバーな演技で表現しきった森本慎太郎と髙橋海人の底力には脱帽する。

『だが、情熱はある』髙橋海人と森本慎太郎が体現する宿命 “たりないふたり”誕生の瞬間が

『だが、情熱はある』(日本テレビ系)を観ていると、春日(戸塚純貴)のように生きたい……と思わされる。毎日を楽しんでいて、小さいこ…

 山里と若林。この、人間として何かと「欠陥」のあるふたりを出逢わせ、企画ユニット『たりないふたり』を立ち上げたプロデューサーの島(薬師丸ひろ子/元日本テレビ・安島隆ディレクターがモデル)の着眼点と辣腕に、唸るほかない。ふたりの煮凝った「黒い闇」を、まるでカウンセラーのようにひとつひとつ吐き出させながら、それを「芸」へと昇華させる場所を作ったのだ。この人の存在がなければ、現在の山里も若林も、現在の南海キャンディーズもオードリーも存在しなかったと言っても過言ではないだろう。

 劇中には島以外にも、ふたりにとって「この人の存在なくしては」というキーパーソンがたくさん登場する。そして、すべて実在する人物をモデルとしている。「山ちゃん、面白いから芸人になったほうがいいよ」と背中を押してくれた高校時代の友人・溜川(倉悠貴)。二の足を踏む山里をNSCに入学するよう促してくれた大学の先輩・米原(宮下雄也)。才能がありながら、なかなか売れない南海キャンディーズに惚れ込んでマネージャーを志願し、彼らをM-1準優勝へと導いた高山(坂井真紀/元吉本興業・片山勝三マネージャーがモデル)。

 文化祭の「面白いやつ選挙」でたったひとり、若林に投票したクラスメイト(水沢林太郎)。「ツッコミとボケを逆にしたほうがいい」という気づきを与え、その後もオードリーのブレインとなる「わくわくテント」の鈴木(水沢林太郎/どきどきキャンプ・佐藤がモデル)。オーディションで「人が本気で悔しかったり、惨めだったりする話は面白い」と若林のエピソード・トークを誉めてくれ、その後『オードリーのオールナイトニッポン』の放送作家をつとめる藤井青銅(演:本人)。「今、幸せ?」と繰り返し若林に訊ねながら、生きることの意味を自問させてくれる先輩芸人・谷ショーこと谷勝太(藤井隆/前田健がモデル)。

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