『天国大魔境』視聴者を引き込む世界の美しさと絶望感 原作の魅力を倍増させたアニメ化に
現在放送中のTVアニメ『天国大魔境』は、石黒正数の同名漫画を映像化した作品である。文明社会が崩壊するような大災害から15年後、荒廃した街を征く少年マルと少女キルコの旅路を描く。
原作は2018年から月刊『アフタヌーン』で連載を開始し、2023年6月現在、単行本が8巻まで発売されている。マルとキルコのいる世界では、災害を生き延びた人間たちが、僅かに使える施設に身を寄せ合って生きていたり、農作物を育てて自給自足している集団もいる。その一方で、緑に囲まれた敷地内で学園生活を送る子どもたちが、高い壁で外界と隔絶されている描写が並行して視聴者に提供されている。子どもたちがいる自然豊かな“天国”と、マルたちが旅する“魔境”が混在する不思議な世界の謎を、物語の進行と共に解き明かすドキドキ感が好奇心をくすぐる作りだ。
アニメーション制作はProduction I.Gが担当。『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』や『PSYCHO-PASS サイコパス』シリーズなど数々の人気SF作品を精力的に世に送り出している、ハイクオリティのアニメスタジオである。
緻密な作画で定評ある同社がアニメ化を手がけたことで、原作漫画の持つポテンシャルは、さらに何倍にもなったと言えるだろう。視聴者を惹き込む重要なフックとなる第1話冒頭を例に挙げると、平和な学園で授業中の生徒・トキオのタブレットに映し出される「外の外に行きたいですか?」という問いかけ。その不思議な問いを見たトキオのモノローグ「外の外?」から、雑草が生えて荒れ果てた道路を歩くマルとキルコへと切り替わる部分。牧歌的なBGMをバックに、朽ちた文明社会の痕跡を映し出すことで、生徒がいる学園の外界は荒廃した社会だと思わせる巧みな繋ぎ方。この一連のシーンは美術に魅力がないと、現代文明が滅びた世界と、緑豊かな学園のギャップという物語への説得力も生まれない。そこは本作の美術監督・金子雄司の手腕が光るところで、機能しなくなった信号機、無人の民家など、かつてそこに人間が暮らしていたはずの廃墟が見事なリアリティをもって描かれている。
金子雄司は過去に『リトルウィッチアカデミア』(2013年)や『アイの歌声を聴かせて』(2021年)、『機動戦士ガンダム ククルス・ドアンの島』(2022年)など、魔法のファンタジー世界から実写志向のリアル系まで、数々のヒット作で美術監督を務めており、『天国大魔境』でもその実力が感じられる。
放送第1話から第2話にかけて、マルたちが旅する世界には、ヒルコという人食いの怪物がいることが判明する。マルは、ヒルコの生命の源である“致命的な何か”を握りつぶす「マルタッチ」、キルコは人食いにダメージを与えられる、通称“キル光線”を発射する電池式の銃を携帯し、それぞれの持つ能力で危機をくぐり抜けながら旅をしている。マルは自分と同じ顔をした人がいるという天国を探し、キルコは自分の手術を執刀した医師と、兄貴的な存在だった露敏(ろびん)なる男を探している。その道中で関わる事件や、出会う人々によって、『天国大魔境』の世界を構築する糸が少しずつ解きほぐれて行く。
学園で亡くなった生徒と、第6話でマルたちが出会った少女トトリに、ヒルコと同じ“致命的な何か”があるように、学園側の謎がマルとキルコのいる世界に大きな影響をもたらしているようだ。とはいえ、すでに放送した第8話と第9話で提示された幾つかのヒントで、因果関係に察しがついた視聴者も多いと思われる。