MCUは“コース料理”から“アラカルト”へ 『エブエブ』が描くマルチバースと通底するテーマ
世界最大の映画フランチャイズ、マーベル・シネマティック・ユニバース(通称:MCU)。2008年にスタートした同フランチャイズは、2月に公開された『アントマン&ワスプ:クアントマニア』で、いよいよフェーズ5に突入した。
『アイアンマン』から『アベンジャーズ/エンドゲーム』までの“インフィニティ・サーガ”と、フェーズ4以降の“マルチバース・サーガ”では一体何が違うのか。同じくマルチバースを題材にして、第95回アカデミー賞を獲得した『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』との共通点とは。アメコミライターの杉山すぴ豊氏と光岡ミツ子氏に聞いた。
マルチバース・サーガと『エブエブ』の共通点
ーーまず最初に、フェーズ5の幕開けとなった『アントマン&ワスプ:クアントマニア』の感想を教えてください。
杉山すぴ豊(以下、杉山):正直に言うと、アメリカの評判はあまりよくなかったんですけど、僕はすごく楽しめました。たぶんストーリーは今までのMCUの中でも一番わかりやすかったんですが、カーンの設定が難しかったんですよね。『アントマン』はそもそもMCUの中でも独自路線で、サンフランシスコの街を舞台にしたコメディだったのに、今回はカーンを紹介しなきゃいけないという条件があったので、そこが今までの『アントマン』ファンには、もしかすると受け入れられなかったのかなと思います。ただ、量子世界の描写がすごく良かったのと、ミシェル・ファイファーさんはもう美魔女の域に入っているくらい綺麗でした。
光岡ミツ子(以下、光岡):本当ですね、すごくよかったです。やっぱりキャストのカッコよさが際立つ映画だったというのが、ファンとしては一番嬉しいところでした。特に感動したのは、我々ミドル世代じゃないかと思います。子どもが大きくなっても、まだまだ現役のヒーローとして活躍して成長できるというところを見せてくれたのが良かったです。MCUは、『アイアンマン』から始まって、それまでのヒーロー映画より年齢層の高い人たちがヒーローとして活躍するところを最初から見せてきました。それを『アントマン&ワスプ:クアントマニア』という新しい節目の映画でもまた見せてくれて、マイケル・ダグラスがあの歳になっても「待たせたな!」とカッコよく登場できるのは、本当に夢のあることだと思います。一方で、アメリカの特に批評家の間で評判が悪かったのは、フェーズ4へのリアクションと全く同じものであるように感じました。フェーズ4への評価が『アントマン&ワスプ:クアントマニア』で総括して言われていたんじゃないかと思います。
杉山:確かにそれはありますね。
光岡:「今までの『アントマン』のテイストが好きだったのに、別物になってしまった」という批判がありますが、それは当然のことなんですよ。なぜなら、フェーズ4はこれまでのインフィニティ・サーガとは、全く世界観が違うものなので。ただ、マルチバース・サーガに入ってから、毎月のように新作ドラマや映画が公開されて、いくらなんでも展開が早すぎるという意見には同感です。良くも悪くも、そのスピード感がマーベルというブランドを成長させているのですが、いくら好きでも追いつくのが大変になってきているとは思います。
杉山:そうですね。マルチバースは概念として難しいものですし、もう少し説明があってもいいと思います。MCUのマルチバースは、いわゆるパラレルワールドなのか、それともそもそも別の宇宙として存在しているのか、光岡さんはどのように捉えていますか?
光岡:選択によって時間軸が分岐するという考え方が、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のような、これまでのポップカルチャーで見られたマルチバースの考え方だったじゃないですか。ただ、3月に『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』(以下、『エブエブ』)が公開されましたよね。あの考え方が今の主流で、そもそも成り立ちの違う世界が無数に存在しているという考え方をMCUも採用していると思います。
杉山:そうですよね。あと、ドクター・ストレンジの言う“ディメンション”っていうのもマルチバースとまたちょっと違うんですよね。『シャン・チー/テン・リングスの伝説』に出てくる中国の世界も、どちらかというとディメンションに近いような気がします。
光岡:本当ですね。マルチバースと別にディメンションがあって、さらにソーの住んでいた世界もあるわけですけど、それらが今後どういうふうに絡んでいくのか、全くわからないです。MCUのいいところって、最初からルールを決めてしまわないで、それぞれのクリエイターの考えを採用していたところだったのが、ちょっとフェーズ4で統制が取れていない感じが出ちゃってましたね。
杉山:新たな敵として登場したカーンも説明が異常に難しいですよね。結局この人が何をしたいか実はよくわからない。
光岡:私もコミックスを読んでいても、カーンのことはよくわからないです。だから、フェーズ5以降のゴールをどこにするのか、ケヴィン・ファイギのお手並み拝見でもあります。
ーーフェーズ6に公開が予定されている『アベンジャーズ/ザ・カーン・ダイナスティ(原題)』に原作はあるのでしょうか?
杉山:コミックでも『アベンジャーズ:ザ・カーン・ダイナスティ』はありますよね。
光岡:でも、原作じゃないと思います。映画と同じタイトルのコミックって企画で出るんですけど、大体全く違う内容のものなので、今のところこれが原作だろうという作品はちょっとわからないです。
ーー『エブエブ』とMCUは、どちらもマルチバースがテーマになっていますが、ルッソ兄弟が関わっていること以外にも何か共通点があるのでしょうか?
光岡:実は今のMCUって、『リック・アンド・モーティ』の脚本家たちが中心になって作っているんですよ。もともと『リック・アンド・モーティ』というのは、ダン・ハーモンがほかのクリエイターたちと一緒に作ったアニメなんですけど、そのハーモンが作った『コミ・カレ!!』っていうドラマを、フェーズ1か2のときにケヴィン・ファイギが観てあまりにも面白かったので、そこで監督をやっていたルッソ兄弟をMCUに引っ張ってきたという経緯があります。その後も、ファイギはハーモンと仕事をしている人たちを次々とスカウトして、今のMCUの中心を作ってきました。『エブエブ』の監督を務めているダニエルズは、ハーモンの一派ではないんですけど、マルチバースに対してよく似た価値観を持っています。だから、『エブエブ』とMCUは、直接関係があるわけではないんですけど、すごくセンスが似ている人たちが作っているんです。私が思うに、マルチバースを通して分断された現代社会やそこに住む人間の心理を描きたい、という思いがダニエルズにもハーモンにもあって、ファイギはそこに目をつけて、今のマルチバースの展開をMCUでやっているんじゃないかと思います。
杉山:それはすごくわかります。だから、結局は同じものを目指しているんですよね。
光岡:ただ、『エブエブ』のほうが『アントマン&ワスプ:クアントマニア』に比べて、より文学的でアーティスティックだというふうに批評家には捉えられたんだと思います。『エブエブ』があれだけ評価されたのは、マルチバースを通したSF描写が現代社会を反映していたからだと思うんですけど、私は『アントマン』がそうではないとは思わないので、なんでみんなは『エブエブ』は持ち上げて、『アントマン』はそうじゃないという評価を下すのか、というのはちょっと面白いところですね。
杉山:実は、以前ジェームズ・キャメロンも言っていたんですけど、サノスは正しいと思う人って意外に多いんですよ。だから、サノスが環境問題をはじめとする社会問題のメタファーだと言われているのに対して、カーンはそれよりもさらに複雑なものを背負わされているヴィランなんだろうなと思います。
光岡:『アントマン&ワスプ:クアントマニア』は、“帝国の侵略”がテーマにあったので、ウクライナ戦争もある中で、なかなか露骨には描けないところも多いですし、逆にそういうふうにお客さんに捉えられても困るし、今の世の中で時事を反映するというのは本当に難しいことだと思います。