ポスト『エブエブ』? 現代アメリカを知る上で欠かせないドラマシリーズ『BEEF/ビーフ』

『BEEF/ビーフ』はポスト『エブエブ』?

 ユァンとは長年の友達で家族ぐるみの付き合いがあるアリ・ウォンは、ユァンの役作りに積極的にフィードバックし、それが深い友情に発展していったと語る。ユァンと一緒に撮影した初日、ちょうど第1話のラストシーンにあたる撮影が本当に楽しかったと思い返した。「あの日は3テイク分撮影する時間しか残っていなくて、しかもレンタル料がバカ高い場所で撮影していたので(笑)。それで1テイク目でもう2人とも大笑いしてしまって、その空気が撮影中ずっと続いていました。スティーヴンがどういうふうにしたいかわからなかったけど、劇中で敵同士だからってランチのときもいがみ合うのはやめました。私たちは敵対していたのではなく、彼女たちのやり方でつながりを持っていたのだと考えたからです」。彼女が演じたエイミーは、偉大なアーティストの父を持つ日系アメリカ人の夫と口喧しい姑、かわいい娘と瀟洒な一軒家で暮らしている。それはエイミーが必死に成り上がり手にした勝者の証だったが、ご褒美を楽しむ余裕はない。そしてハイソサエティに混じり着飾った彼女には似つかわしくない、無法者にクラクションを鳴らし中指を立てるような行動に出てしまう。「第1話で、彼女の携帯にたくさんのメッセージが届くシーンに集約されています。それらが全て積み重なり、一生懸命働いて得たものを楽しむ余裕がなくなっている。そういうこと、誰の身にも起きているんじゃないでしょうか」と、エイミーを蝕む精神状況を説明する。イ・サンジンは彼女の起用理由を、「アリはコメディアンのイメージが強いけれど、彼女のスタンダップコメディはダークな題材をとてもおかしく表現する方法に長けています。人生における厳しい現実について率直に話し、一緒に笑おうよと促してくれる。それがこのドラマシリーズに必要な態度だと思いました」と語る。

ANDREW COOPER/NETFLIX ©2023 Netflix, Inc.

 もうひとつ、イ・サンジンとスティーヴン・ユァンが共通体験を持ち、どうしても描きたかったのが移民と教会の関係だと言う。イ・サンジンは、「移民が多い地域の定番である韓国系の教会について、ずっと描きたいと思っていました。韓国系の友人はみんな通っていたし、今までのドラマや映画ではあまり描かれてこなかったのははっきり言っておかしな話だな、と。ダニーたちもきっと韓国系の教会で育ち、切羽詰まったときに教会に癒しを求めるシーンは悲劇的でありながら笑えて、そして似た体験をした人には共感してもらえると思いました。スティーヴンと、『教会のあとは何して遊んでた?』『教会の仲間とインキュバスのコピーバンドを組んで歌ってなかった?』と話しました」と解説し、その会話からユァンが歌うシーンが脚本に書き込まれたそうだ。教会でユァンが歌うシーンで演奏しているのはイ・サンジンの親友で、本作でジョセフ役を演じるジャスティン・H・ミンの実兄ジェイソン。彼は実際にユァンが通っている教会を運営し、信徒がエキストラで参加している。また、ダニーと弟のポールの従兄弟アイザックを演じるデヴィッド・チョーの本業はグラフィティ・アーティストで、各話タイトルのイラストも手がけている。こういった横のつながりが、ハリウッドだけでなくどんな業界でも大きな力となる。

ANDREW COOPER/NETFLIX ©2023 Netflix, Inc.

 2018年の『クレイジー・リッチ!』がガラスの天井を破り、アジア系俳優とクリエイターによるハリウッド映画が作られたことが、2022年の『エブエブ』の大躍進に繋がった。そしてルル・ワン監督、オークワフィナ主演の『フェアウェル』(2019年)、スティーヴン・ユアン主演、リー・アイザック・チョン監督の『ミナリ』、マーベル・シネマティック・ユニバースではシム・リウ、トニー・レオン、ミシェル・ヨーが出演した『シャン・チー/テン・リングスの伝説』(2021年)などのヒット作が生まれた。今夏には、『クレイジー・リッチ!』の脚本家が手がけ、『エブエブ』のステファニー・スーと『エミリー、パリへ行く』のエミリーの親友役アシュレイ・パーク(『BEEF』にも出演)が主演するコメディ『Joy Ride(原題)』の北米公開を控えている。ドラマシリーズでは、ドナルド・グローヴァーとヒロ・ムライが『アトランタ』を作り、A24はテキサスに暮らすパレスチナ難民のモー(ムハンマド・アーメル)が主人公の『Mo/モー』や、ニュージャージーのムスリムの物語『ラミー:自分探しの旅』などを制作してきた。シャン・チーを含め、彼らは移民でありながらアメリカ人として米国で生きている。移民二世三世の生態を描く『BEEF/ビーフ ~逆上~』は、現代アメリカを知る上で欠かせないドラマシリーズだ。

■配信情報
『BEEF/ビーフ ~逆上~』
Netflixにて配信中
配信ページ:https://www.netflix.com/title/81447461

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