アカデミー賞『エブエブ』の“完勝”にみる映画界の変化 試されるメジャースタジオの企画力

『エブエブ』アカデミー賞“完勝”が示すもの

 『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』(以下、『エブエブ』)が、ノミネートされた10部門(11ノミネート)のうち、作品賞と監督賞を含む7部門を制覇する大旋風を巻き起こした第95回アカデミー賞。ここまでほとんどの部門で下馬評通りに決まる年もなかなか珍しい。ざっと見渡しても、サプライズらしいサプライズがあったのは作曲賞ぐらいだろうか。とにもかくにも短編部門にいたるまで、実に順当すぎる結果であった。

 最多ノミネートの作品が頂点に輝くのは『シェイプ・オブ・ウォーター』が制した第90回以来5年ぶり。しかも今回『エブエブ』が制した7部門の中身が作品賞・監督賞・主演女優賞・助演男優賞・助演女優賞・脚本賞・編集賞と重要な部門ばかりとなれば、もはや“完勝”としか言いようがない。

『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』©2022 A24 Distribution, LLC. All Rights Reserved.

 昨秋の賞レースシーズンの幕開けとともに批評家賞で圧倒的な強さを見せつけ、一躍“オスカー最有力”と謳われた『エブエブ』。もともと昨年の3月に全米公開され、ジャンルもコメディ要素の強いSFアクション映画と、これまで言われてきた“オスカー向き”とは程遠い(実際に本編を観てみても、良し悪しは置いておいてとてもアカデミー賞を獲る類の作品には見えない)。そう考えると、アジア系作品が3年前の『パラサイト 半地下の家族』以降つづくアカデミー賞のトレンドとなっていること、すなわち多様性の文脈以外でこの大旋風の理由を探るのはいささか困難である。

 ゴールデングローブ賞直後の時点で『エブエブ』と3強を形成していた『フェイブルマンズ』と『イニシェリン島の精霊』は、それなりに多くの部門にノミネートされながらも無冠。またアカデミー賞ノミネート発表の時点で存在感を見せた『エルヴィス』も含め、作品賞候補作のうち5作品が無冠。『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』と『トップガン マーヴェリック』がブロックバスター映画らしく技術部門をひとつずつ獲得し、『ウーマン・トーキング 私たちの選択』が脚色賞の1部門。4部門を獲得した『西部戦線異状なし』だけが『エブエブ』に対抗できた作品ともいえるが、直接対決は作曲賞のみ。もっぱら2022年は『エブエブ』一色に染まったと言っても差し支えないだろう。

 昨年の第94回では、Apple TV+で配信公開となった『コーダ あいのうた』が作品賞を受賞し、近年多くの有力作が現れてきた配信映画初の作品賞受賞の快挙を成し遂げた。その反動のように、今年の作品賞候補作は10作品中9作品が劇場公開作品で、配信公開はNetflixの『西部戦線異状なし』のみ。そう考えると、『西部戦線異状なし』の善戦は配信映画の今後を占う上でも価値のあるものともいえる(むしろNetflix提供で外国映画がオスカーに押し寄せてくるという、かつて期待されたかたちに一歩近付いたようにも思える)。

『ザ・ホエール』© 2022 Palouse Rights LLC. All Rights Reserved.

 『エブエブ』と、主演男優賞とメイキャップ&ヘアスタイリング賞を獲得した『ザ・ホエール』を手掛けたのは、『ムーンライト』で作品賞を受賞した経験のあるインディペンデント系のスタジオA24。同スタジオは2作品で9部門を制し、それに次ぐのが『西部戦線異状なし』の4部門と長編アニメーション賞、短編ドキュメンタリー賞を受賞したNetflix勢。スタジオ別で見ればこの2社が他を大きく引き離しており、つまり大手メジャースタジオは完全になりを潜める格好となったというわけだ。

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