『舞いあがれ!』成功体験のない主人公を描いた桑原脚本の凄さ 結果よりも“過程”が秀逸
しかし、本作のメイン脚本家である桑原亮子が描いたのはそれとは違う世界だった。ここまでの流れでもっとも驚いたのは、物語が半分を過ぎた1月中旬頃のエピソード。IWAKURAが軌道に乗り、そこに父・浩太の元同僚で、航空機の製造を手掛ける大企業の重役・荒金(鶴見辰吾)が現れて航空機の部品をIWAKURAでも作ってみないかと舞に声をかける。IWAKURAのネジは厳しいテストをクリアするが、舞と社長のめぐみは航空機産業への参入を断念。えっ、パイロットの夢をあきらめたヒロインが飛行機を作る方向にシフトするんじゃないの? 飛ぶんじゃなくて飛ばす方向にもいかないの と画面の前で「ふえっ?」となった視聴者も多いのではないか。
冒頭の話に戻るが本作『舞いあがれ!』はヒロインが夢に向かってひた走りそれをがむしゃらに達成していく話ではない。舞が目の前の目標に向かってゆっくり歩を進め、さまざまな事情で方向転換しながらも日々を誠実に生きる物語だ。人によってはこのカタルシスのなさを冗長と感じるかもしれない。だが、私たちの生活はどうだろうか? 人生の中で華麗な成功体験を得られる人間などごくわずかで、多くの人は目の前で起きることと毎日向き合い、ほぼ同じルーティンを繰り返しながら生きていく。舞は私たちのすぐ隣にいる人物なのだ。
もうじきこの物語も終わりを迎える。終盤にきて“空を飛ぶ”とのキーワードに新たな展開が起きた。自らがパイロットになることも、父の夢であった航空機部品を製造することも達成しえなかったヒロインが、誰もが自由に空を行き来できる“空飛ぶクルマ”とどう関わりそこにどんな夢を乗せるのか。おそらく華麗な成功とは違う着地になるだろうと予想しつつ、彼女が歩んだ“過程”の物語を最後まで見守っていきたい。
そして、ある種の成功体験=短歌で賞を獲り、出版した歌集でも評価された舞の夫・貴司(赤楚衛二)が幸福である家庭人と葛藤から作品を生み出す歌人としての悩みの中で自身の着地点をどこに置くのかも見届けたい。過去の朝ドラには自身のクリエイションにおいて「家族は邪魔になる」と妻子と別れて己の道を歩んだ登場人物もいたが、貴司は家族と絆を結んだまま八木(又吉直樹)が暮らすパリへと旅立った。貴司もまた結果ではなく過程に重きを置く人物の象徴である。
華やかな成功は描かれないが、日々の生活と登場人物たちの心の機微と優しさとがぎゅっと詰まった『舞いあがれ!』。まるで淡い色の金平糖のような朝ドラだったと思う。
■放送情報
NHK連続テレビ小説『舞いあがれ!』
2022年10月3日(月)から 2023年4月1日(土)まで
総合:8:00〜8:15、(再放送)12:45〜13:00
BSプレミアム・BS4K:7:30〜7:45、(再放送)11:00 〜11:15
出演:福原遥、横山裕、高橋克典、永作博美、赤楚衛二、山下美月、目黒蓮、長濱ねる、高杉真宙、山口智充、くわばたりえ、又吉直樹、吉谷彩子、鈴木浩介、高畑淳子ほか
作:桑原亮子、嶋田うれ葉、佃良太
音楽:富貴晴美
主題歌:back number 「アイラブユー」
制作統括:熊野律時、管原浩
プロデューサー:上杉忠嗣
演出:田中正、野田雄介、小谷高義、松木健祐ほか
主なロケ予定地:東大阪市、長崎県五島市、新上五島町ほか
写真提供=NHK