2023年は「監督・山田尚子」が日本中に届く? 『きみの色』で国民的作家へ
2023年、間違いなく注目を集める監督がいる。映画『きみの色』の公開を秋に控えた山田尚子だ。すでにアニメファンからは広く知られた監督ではあるものの、さらに大きく羽ばたく予感がしている。2022年から2023年にかけての山田の活躍について、今後の期待を込めて振り返っていきたい。
2022年は山田尚子のフィルモグラフィが大きく変わる年だった。監督デビュー作である『けいおん!』や『映画 聲の形』など、京都アニメーション(以下、京アニ)に所属し、日本屈指のスタッフが揃ったスタジオで制作されていた過去作から離れ、新たな挑戦を行い始めた1年と言える。
1月より放送された『平家物語』は、サイエンスSARUにて制作されたテレビシリーズ。スタジオとしての方向性はサイエンスSARUと京アニでは大きく異なる。京アニは現実に即したリアル感にこだわっており、まるで写真のような背景や、人間の癖などを正確に描写した動きなどが特徴的なスタジオだ。特に山田監督が手掛けた『リズと青い鳥』は、まさに写実性の極北とも言える作品であり、京アニの技術と個性がいかんなく発揮された作品だった。
アニメ的誇張なしで描く繊細な心理描写が魅力 『リズと青い鳥』から感じる実写的リアリティー
武田綾乃による吹奏楽部が舞台の原作小説をアニメ化した『響け!ユーフォニアム』シリーズ。同シリーズのスピンオフ映画『リズと青い鳥』…
一方でサイエンスSARUは、看板監督である湯浅政明の作品が示すように、アニメーションならではの面白さを追求したスタジオと言えるだろう。時には人体がゴムのように伸びたり縮んだり、現実的にはありえない表現を行いながらも、アニメーションの絵の面白さが存分に発揮される。『平家物語』においても、写実性を追求したというよりは、まるで絵巻物を読むような、創作の面白みに満ちた映像表現が印象に残る。
絵作りの方向性に関しては、正反対と言えるかもしれない。しかし、そこでも山田は慣れ親しんだ盟友である脚本家の吉田玲子、そして音楽の牛尾憲輔と組むことで、スタジオが変わっても、その作品の持つ力、そして伝えたいメッセージが一切変わらないことを示した。
山田尚子の変わらない作家性が刻まれた『平家物語』 サイエンスSARUとの化学反応も
「祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり」 日本人の誰もが学校で覚えたこのフレーズをアニメにしたらどうなるだろうか。故・高畑勲…
山田作品の特徴として、その時に生きる人々を誠実に描く、という点がある。いじめ問題に向き合った『映画 聲の形』や、思春期の女子高生の同級生に対して揺れる心を描いた『リズと青い鳥』など、感情や思いをその時々に伝えるように描いている。決して人を悪様に描くだけではないのも特徴的だ。そして『平家物語』においては、滅びゆく定めの平家の人々が驕った様子を描くだけではなく、時には人間味や悲哀を感じ、視聴者もまた語り継がれてきた悲劇の物語と登場人物を愛するように眺めるような作品だった。
短編として「キットカット」のCMにも取り組む一方で、2022年の山田を語る上で欠かせないのがPrime Videoで配信されたオムニバスドラマ『モダンラブ・東京~さまざまな愛の形』エピソード7「彼が奏でるふたりの調べ」だ。少女の恋愛を通した現代の日常的なドラマだが、ここで山田は過去に馴染みのあった吉田玲子、牛尾憲輔、そして京アニスタッフと組まず、個人で監督として挑戦している。
脚本の荻上直子は『かもめ食堂』『めがね』など国内外で高い評価を得た実写映画を手掛けている映画監督であり、作画監督を務めた林佳織、音楽のパソコン音楽クラブ、制作スタジオのアンサー・スタジオも山田の過去作とは縁が薄い。さらに演者も慣れしたんだ声優ではなく、俳優が中心となっており、声の演出方法は若干異なるだろう。それでいながらも、冒頭の空気中のホコリとも雪とも取れる一種の汚れを美しく捉える手法、あるいは足や手の先など細かな箇所で心情表現の伝え方、学校描写のカメラを意識した画面の揺れなど、他の作品と変わらない山田印が、作品に刻印されているような印象を受ける。
何よりも音楽が好きな主人公の女性が、まるで山田に重なるようにも作られており、過去のフィルモグラフィの総決算と思えるほどの作品だった。これは脚本・音楽・作画などのスタッフが異なっていても映像に表れていることから、まさに山田が監督としての力を純粋に発揮し、その作家性が個人の力に由来することを証明した形だ。