『君だけが知らない』ソ・ユミン×朝倉加葉子対談 韓国と日本、映画製作を巡る状況は?

『君だけが知らない』日韓監督特別対談

通りやすい企画、通りにくい企画

朝倉:企画の出発点から、ソ・ユミン監督には「単なるサスペンスは作りたくない」という思いがあったのでしょうか?

ソ・ユミン:はい、その考えは最初からありました。私自身、サスペンスというジャンル自体も好きなのですが、なかでも「人間の悲しみ」を描いた作品が好きなんです。以前、『仄暗い水の底から』(2001年)という日本映画を観たとき、恐怖やスリルとともに、女性の悲しみがとても深く描かれていると思ったんです。だから私もこのジャンルならではの面白さを構築しつつ、人間の持つ悲しみや愛情をうまく融合させて描けないだろうか、というのが今回の課題でもありました。

朝倉:『仄暗い水の底から』もマンションが舞台でしたが、その影響も少しありますか?

ソ・ユミン:『仄暗い水の底から』は、あくまで情緒的な部分でインスパイアされたところがあります。『君だけが知らない』の高層マンションという舞台設定は、自分自身の実体験と、ストーリーを語るうえで相応しい舞台として選びました。私自身が子供のころからマンションで暮らしてきて、あまりにも人生と密接に関係している環境だったので、自然と作品にも登場したのだと思います。そして、映画をご覧になる方には、主人公のスジンがマンションで遭遇する人物と、その階数も意識して観ていただきたいです。

朝倉:本作のように、ひとつのジャンルの枠内に収まらないものを目指した作品は、韓国映画界では企画が成立しやすいのか、それとも成立しにくいのでしょうか? 国内外を問わず、映画業界ではひとことでジャンルを説明できる企画のほうが通りやすいというイメージがあるので、この作品がどうやって成立したのか、とても興味があります。

ソ・ユミン:おっしゃるとおり、『君だけが知らない』はなかなか企画が通りにくい作品でした。というのも、そもそも韓国ではサスペンスやホラーはメジャーなジャンルではないと思われているんです。少数かつ一定のファンはいるんですが、多くの観客動員は見込めないと思われているので企画が通りにくく、制作費も集めにくいんです。だから韓国のサスペンス/ホラー作品は、一部を除いて低予算のものが大半です。『君だけが知らない』も、ほかのメジャー作品に比べると製作費は少なかったと言えます。ただ、この作品の場合は異なるジャンルの要素も加わっているので、それが短所だと思う出資者の方もいれば、長所と捉える方もいて、両方の見方がありました。

朝倉:それが有効にはたらいた部分もあったんですね。

ソ・ユミン:はい。幸いなことに、そのような部分を長所と考えてくださった制作会社と出会えたので、最終的には企画を成立させることができました。実は、最近の韓国映画界ではラブストーリーがあまり歓迎されないような傾向があるんです。韓国ではすでに恋愛ものがたくさん作られているので、やや古くさいものと思われ始めています。近年の韓国で企画が通りやすいのは、アクションやコメディなんです。大きな予算をかけて、大勢の観客が痛快な気分を味わえるジャンル映画が歓迎されているのが、今の韓国映画界の現状です。

朝倉:ソ・ユミン監督も私も、同じ女性監督として、国は違いますが映画業界ではまだまだマイノリティにあたる立場だと思います。ソ・ユミン監督は脚本家としての長いキャリアをお持ちで、助監督経験もあり、長年にわたって映画業界と密接に関わってこられたと思います。近年は韓国でも女性監督がどんどん台頭してきていますが、たとえば10年前や20年前と比べて、映画界の雰囲気が変わってきていることを肌で感じられていますでしょうか?

ソ・ユミン:確かに、韓国では女性監督がたくさん登場してきて、いい作品がたくさん作られています。事実、映画界の認識は変わってきたと思います。ただ、20年前は女性監督の存在が本当に珍しかったので、当時は目に見えない「ガラスの天井」のようなものが存在していたと言えます。私自身、実は90年代から短編映画を作り始めていて、『君だけが知らない』のずっと前から長編監督デビューの準備をしていたんです。でも、かつての映画界では女性というだけで偏見を持たれていて、差別的な言葉や視線の的になったりした経験もたくさんあります。たとえば私の名前はソ・ユミンというのですが、これは韓国では中性的な名前で、それだけ聞くと女性か男性かわからないんです。それで、確か10年ほど前に一緒に出資者を探していたプロデューサーから、「企画を提出するときは自分から性別を伝えないほうがいい」と言われたんです。半ば笑い話として、でも半ば本気の言葉でした。映画監督というのは現場で何十人ものスタッフを抱えて、その先頭に立たなければならない存在なので、その立場を女性が担うことに不安を覚える人が多かったんです。韓国では10年前でもそんな状況でしたが、徐々にインディーズの分野から女性監督が登場してきて、商業映画にも少しずつ進出してきました。私自身、少し前まで映画界に存在した偏見がなくなってきたことを肌で感じています。

朝倉:日本でも、インディーズの現場から女性監督の数が徐々に増えてきていますが、ビッグバジェットのメジャー作品を任される女性監督の数はまだ限られています。その点では、同じような変遷をたどりつつ、韓国映画界のほうが少し先を行っている気がしました。韓国でも日本でも、メジャー作品に女性がどんどん進出していくといいですね。

現場でのソン・ユミン監督

ソ・ユミン:私も本当にそう思います。今のこの流れに乗って、これからも女性監督がさらに増えて、いい作品をどんどん作ってくれることに期待しています。日本映画界は女性監督に対してまだ少し保守的なところがあるという噂を聞きましたが、そのなかで朝倉監督が活発に作品を発表し続けていると聞いて、本当に嬉しく思いました。

朝倉:いえいえ、そんな(笑)。ちなみに、ソ・ユミン監督は国内のほかの女性監督との交流はあったりしますか?

ソ・ユミン:頻繁に会っているわけではありませんが、映画祭などで知り合って、現在まで交流を続けている女性監督もいます。私は映画学校出身で、そこで知り合った先輩や後輩とも親しくさせてもらっているので、世代を問わず国内の女性監督たちとは交流があるほうだと思います。後輩のなかには『はちどり』(2018年)のキム・ボラ監督もいます。

朝倉:『はちどり』最高でした!

ソ・ユミン:そうですよね! 日本の皆さんにもすごく気に入ってもらえた作品だと聞いて、とても嬉しかったです。

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