『君の名は。』はなぜ心に留まり続けるのか? “忘却”が呼び起こす強烈なシンパシー

『君の名は。』はなぜ心に留まり続けるのか?

 そのバランス力が最も強く表れている場面がある。かたわれ時と呼ばれる夕暮れに主人公の立花瀧と宮水三葉が度重なる入れ替わりを経て出会い、互いの存在を今度こそは忘れまいと手に名前を書き合うシーンだ。

 三葉の手に名前を書き、ペンを渡す瀧。三葉は頷いて瀧の手にも同じように自分の名前を書こうとするが、そこで夕暮れ時が終わりを告げ、三葉の姿が忽然と消えてしまう。何度も名前を呼ぶ瀧だったが、徐々に彼女の名前を忘れていき、月が浮かんだ空に向かって「君の名前は……」と口にする。

 タイトルにも結ばれるこのシーンは、本作で最も強く“忘却”の残酷さを表現しており、美しいグラフィックと相まって観客に“忘れられない”“忘れたくない”と思わせる屈指の名場面である。紡ぎ続け、語り継ぐこと。留めること。残しておくこと。本作はあらゆるアプローチないし視点から、生きる上で逃れられない“忘却”を体験する人間たちへのメッセージを投げかけているのだ。

 記憶が形として遺れば遺るほど、失われたものがどんなに尊いものだったかを、瞬間、まざまざと思い知らされる。人はいつ失われるかもしれないものを、忘れてしまうかもしれぬものを、遺しておかずにはいられないのかもしれない。それはもはや、ヒトのDNAに刻み込まれている習慣のようなものなのだとも感じる。

 何かに心を動かされ生きていることは奇跡のようなことであり、そんな記憶も生きていく内にいつしか薄れていくのだと知る。『君の名は。』はそんな寂しさに寄り添い、美しいと感じたものは真に忘れることはなく、いつまでも心の奥底に在り続けるのだということを証明せんとする作品なのかもしれない。

■放送情報
『君の名は。』
日本テレビ系にて、10月28日(金)21:00~23:24
※放送枠30分拡大 ※本編ノーカット
声の出演:神木隆之介、上白石萌音、長澤まさみ、市原悦子
原作・脚本・監督:新海誠
作画監督:安藤雅司
キャラクターデザイン:田中将賀
美術監督:丹治匠・馬島亮子・渡邉丞
音楽:RADWIMPS
主題歌:RADWIMPS「夢灯籠」「前前前世(movie ver.)」「スパークル(movie ver.)」「なんでもないや(movie ver.)」
制作:コミックス・ウェーブ・フィルム
©2016「君の名は。」製作委員会

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「作品評」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる